アイデンティティが生み出すジレンマ。セレッソ大阪 VS 川崎フロンターレ J1第25節

日時 2019年9月1日(日)18:03
試合会場 ヤンマースタジアム長居
試合結果 2-1 セレッソ大阪勝利

セレッソは2017年にJ1に昇格して以降、川崎フロンターレとはリーグ戦で5回、ルヴァンカップで1回、ゼロックススーパーカップで1回と、合計7回対戦しており、結果は5勝1敗1分。川崎が2017年、2018年のJリーグ王者であることを考えると、これは相当に良い成績である。相性が良い相手、と言い換えることも出来る。そして、8回目の対戦となったこの試合でも、セレッソは前半始まってすぐに先制。その後追いつかれはしたものの、後半、新加入のFW鈴木孝司のゴールで再度リードを奪い、そのまま逃げ切った。

セレッソ大阪フォーメーション
20
メンデス
8
柿谷
25
奥埜
7
水沼
5
藤田
6
デサバト
14
丸橋
15
瀬古
22
ヨニッチ
2
松田
21
ジンヒョン

この試合のセレッソのフォーメーションは、丸橋、瀬古、ヨニッチ、松田の4バックに藤田とデサバトの2ボランチ、トップ下に奥埜、1トップにブルーノ・メンデスを置く4-2-3-1。右SHには水沼、左SHには柿谷が入った。これまで左SHのレギュラーだった清武は右ハムストリング筋損傷で8〜10週間の離脱とのことで、柿谷はリーグ戦では4月20日、8節の清水戦以来の先発である。
セレッソは夏の移籍市場でボランチ秋山大地を山形に、FW福満隆貴を水戸に、いずれもレンタルで移籍させているが、この2名はいずれも出場機会を求めての移籍。レギュラークラスでは唯一、CB山下達也を完全移籍で柏に放出している。一方新加入としては、FC琉球よりFW鈴木孝司を獲得。彼には右膝の負傷で長期離脱中のFW都倉賢の穴を埋める活躍が期待される。鈴木はこの試合ではベンチからのスタートとなった。

川崎フロンターレ フォーメーション
11
小林
8
阿部
14
中村
41
家長
22
下田
6
守田
7
車屋
5
谷口
4
ジェジエウ
26
マギーニョ
1
ソンリョン

一方の川崎のフォーメーションは、車屋、谷口、ジェジエウ、マギーニョの4バック、下田、守田の2ボランチ、2列目が阿部、中村、家長、1トップが小林という4-2-3-1。今シーズン開幕時点の大型補強だったFWレアンドロ・ダミアンはベンチスタートとなった。川崎はレギュラークラスに複数の負傷者がおり、ボランチの大島僚太が8月10日の名古屋戦で左ひらめ筋肉離れを起こして離脱中。また、この試合の前々日にウィング齋藤学の右膝内側側副靭帯損傷も発表され、こちらは全治6~8週間。また、CB奈良竜樹も4月末に負った左膝内側側副靭帯の損傷が癒えておらず、離脱中である。

さて、試合は前半開始早々にセレッソが先制した。
前半1分、CB瀬古がセンターサークル左あたりから前線右サイドに右足でロングフィード。これを受けた右SB松田が川崎の左SB車屋を縦に抜いてクロスを上げ、このボールを川崎の右SBマギーニョがピッチ外にクリアしてセレッソがCKを得た。このCKを藤田が蹴ってヨニッチがニアでボールを擦らし、GKソンリョンに当たった所を瀬古が押し込んでセレッソの先制点となったのだが、この得点が決まった要因を考えるためには、川崎のCKの守備を把握しておく必要がある。
川崎のCKの守備の基本はゾーンとマンマークの併用で、ニアサイド(ボールが蹴られる側のサイド)に、相手選手の配置とは関係なく、必ず2枚の選手を置き、それ以外はマンマークで相手の選手に付く。CKを守る時、ニアサイドで相手に先に触られるとGKが介入出来ないため、ボールがゴールに入ってしまったり、入らなくても別の選手に押し込まれてしまったりする。そこをケアするため、つまりゾーン的な守備としてニアサイドに最初から2枚の選手を置く。こう言う「置いておく」選手のことをストーンと呼ぶのだが、川崎のストーンの配役は大体2パターンある。小林以外にセンターFW的な選手がいる場合は小林とその選手がストーン。いない場合は小林とトップ下の中村がストーンになる。この試合で言うと、先発の状態であれば中村と小林がストーン、レアンドロ・ダミアンが入って小林との2トップ、もしくはレアンドロ・ダミアンの1トップで小林がSHとなった場合はこの2人がストーンである。ダミアンの代わりにFW知念が入った場合も同様だと考えられる。
前置きが長くなったが、上記のパターンでどれが狙い目かと言うと、中村と小林のコンビになった時である。中盤のテクニシャンである中村は当然のことながらセットプレーの競り合いは得意としていない。つまりセレッソとしては、中村の近傍にボールを蹴り、そこでボールを擦らして直接ゴールに流し込む、もしくは擦らしたボールを誰かが押し込む、と言うのが狙いとなる。セレッソの先制点はまさにこれを狙った形。このCKの時、中村はニアサイド、ゴールエリアのラインの短辺の上に、小林はその斜め前、長辺の上に立っていたのだが、ジェジエウにマンマークに付かれたヨニッチが、ゴール前からゴールエリアの角、つまりストーンの選手がいるゾーンに向かってダッシュした。この動きはマンマークとゾーンを併用するチームに対してマークを外す時に良く見られる動きである。マーカーの選手はストーンの選手にマークを受け渡そうとするが、ストーンの選手はコーナーの方向を見ているので、ゴール方向から自分のゾーンに入って来た相手に対して反応が遅れることが多い。このシーンでも中村はヨニッチに全く反応できておらず、ヨニッチが中村の前でボールをフリックして先制点が生まれた。

なおこのゴールは、ラインを越えたボールをGKソンリョンがすばやく掻き出したため、決まった直後にはゴールが認められず、セレッソの選手が抗議した結果、池内明彦主審が副審に確認を行い、その後認められる、と言う顛末を辿った。そのような顛末になったのは恐らく、主審の方は「ゴールに入った」と言う認識だったものの、副審の方は「見えなかったので分からない」という認識だったからではないだろうか。
サッカーの競技規則では、ゴールした時の副審のアクションを下記のように定義している。

サッカー競技規則 2018/19

  1. 得点があり、その決定に疑問がないときであっても、主審と副審は目で確認し合わなければならない。その後、副審は、旗を上げずに 25 〜 30m タッチラインに沿いハーフウェーラインに向かってすばやく走らなければならない。
  2. 得点があったが、ボールが依然インプレーのように見えるとき、副審は先ず旗を上げて主審の注意をひかなければならない。その後、通常の得点の手続きとして、25〜30mタッチラインに沿いハーフウェーラインに向かってすばやく走る。
  3. ボールの全体がゴールラインを越えていないときは、得点となっていないので、それまでどおりプレーが続く場合、主審は副審と目で確認し合わなければならない。また、必要であれば手で目立たないシグナルを送る。

※番号は筆者が付記

今回のゴール時には、副審は上記1,2いずれのアクションも取らなかったので、主審の方では「副審は入っていないと判断している」と見えたのかなと。副審目線の方がゴールラインを越えたかどうか判断しやすいことが多いので、そちらの判断を優先したところ、抗議を受けたので確認し、結果、副審からは「見えていなかった」ことが分かったので、自身の認識に従ってゴールを認めた、と言う流れだったのではないだろうか。

さて、前半早々にビハインドとなった川崎は当然攻勢を強める。形としては、セレッソの左SHの柿谷と2トップの間を起点にする形が多かった。この試合の前半のスタッツを見ると、川崎のアタッキングサイドは左が34%に対して右は50%。かなり右からの攻撃偏重になっていた。
セレッソは前から守備をする時は奥埜とメンデスが2トップ的に前からプレスを掛けるので、従来の川崎のやり方であれば、CBの間にボランチを落として、3バックのような形になってボール保持を安定させることが多いのだが、この試合ではボランチを下ろすことは少なく、そのかわりに右SBのマギーニョを高い位置に張らせてセレッソの左SH柿谷を引っ張り、左SHと2トップの間に出来たスペースにボランチが開いて受けたり、右SHの家長が引いてきて受ける、と言う形が多かった。特に家長は左利きなので、このスペースで半身でボールを受けても、利き足で斜めにゴール前やバイタルのスペース、もしくはハーフスペースにボールを入れることが出来る。狙いとしては、家長からバイタルもしくはハーフスペースにポジションを取った中村にパスを入れ、中村から小林や阿部にラストパス、もしくはマギーニョをセレッソのSBの裏に走らせて、中村からマギーニョにスルーパス、そこからマイナスのクロス、と言う青写真だったのではないだろうか。ただ、セレッソの方もバイタルやハーフスペースはしっかりと閉めているので、中を見た家長が諦めて下げる、もしくはサイドチェンジする、と言うことも多かった。

そして前半12分、川崎が同点に追いついたのだが、ここでも起点になったのは右サイドの家長とマギーニョだった。このシーンでは、家長の方がセレッソ陣内のペナルティエリア角あたり、サイドに張った位置にいて、マギーニョからの縦パスを受けた。そして、パスを出したマギーニョが家長を内側から追い越したのだが、この動きにセレッソの方は、柿谷と丸橋両方が付いて行ってしまい、これでフリーになった家長が左足でゴール前にクロスを上げた。クロスに走りこんだ川崎の選手は小林だけだったので、セレッソの方はヨニッチが跳ね返すか、GKジンヒョンが弾き返すか、どちらでも対応できたのだが、ヨニッチのヘディングがジンヒョンのパンチングを邪魔する形になってしまい、ボールが阿部の前にこぼれて、このボールを阿部が左足でシュートして得点が決まった。
セレッソの方から見ると、柿谷と丸橋のところと、ジンヒョンとヨニッチのところでそれぞれ連携ミスが出てしまったことが失点の原因だと言える。特に後者の方が致命的だった。セレッソは今シーズンのリーグ戦、前半に失点したのは3節の広島戦のみだったので、この失点は、前半の失点としては2つ目となる。そして広島戦の時も、失点の原因はヨニッチとジンヒョンの連携ミスで、その試合のレビューでは下記のように書いた。

1失点、なれど敗因は多し。セレッソ大阪 VS サンフレッチェ広島 J1第3節

守備の指示系統は、常にGKからDF、と言う方向であるべきで、(中略)ヨニッチはジンヒョン側から「キャッチするから触るな」と言う指示が出ない限り、ボールをクリアする、もしくは味方に繋げる前提でプレーしなければならない。
このシーンではヨニッチがジンヒョンの方を見ずに「キャッチしろ」と指示を出してしまったので、それは指示系統的に誤りである。また、そう言う指示系統が常態化しているチームは必ずGKとDFの連携が悪くなるので、早めに是正する必要がある。

つまり、広島戦ではジンヒョンが指示を出していないにも関わらずヨニッチがプレーを止めた事が原因、この試合ではジンヒョンが(恐らく)指示を出していたにもかかわらずヨニッチがボールに向かってしまったことが原因と言うことになる。無論、2失点しかしていないと言うことは、総数としてはそう言うプレーは少ないと言うことになるのだが、看過できない点ではある。
あと、発端がセレッソのミスからだったとは言え、阿部のシュートは上手かった。セレッソの方はシュートの瞬間、ジンヒョンと松田がシュートコースに飛び込み、ゴールのカバーにヨニッチと瀬古が入っていて、決して簡単なシュートではなかったと思うのだが、利き足ではない左足で、しっかりと空いているコースに決めた。決定力の高い選手だと改めて感じさせられたシーンだった。

さて、スコアが1-1となったことで、試合から川崎のビハインドと言う事実が消え、川崎の攻勢という状況だけが残った。
形としてはビハインドの時と変わらず、起点となるのは家長。上述の通り、セレッソの左SH柿谷の前のスペースで受けることが多いのだが、最初からそのスペースに立っていると当然、柿谷がプレスに来るので、最初は柿谷と丸橋、藤田と瀬古を結ぶ四角形の中間、ハーフスペースにポジションを取っている。セレッソの方は中のスペースは閉めないといけないので中に絞る。そうするとマギーニョがフリーになるのでそこにボールを付ける。マギーニョがボールを受けたら、家長は柿谷の前のスペースにスッと下りてくる。柿谷からすると、ボールを見ている背後から引いてくるので家長を視認しづらい。この形によって、川崎の方は家長をフリーにすることが出来ていた。

ただ、セレッソの方もブロックの外でボールを持たせることはある程度許容範囲で、そのかわり中はしっかり閉めているので、川崎の方もなかなか決定的な形は作れない。そして前半の中ごろからは、徐々にセレッソの方がボールを持つ時間帯も増えて来た。セレッソのボール保持で重要な役割を担っているのはデサバトで、目立たないがいつも良いポジションを取っている。特に、右SBの松田や右SHの水沼にボールが入る時に、ワンタッチでボールを落とせるところにデサバトがポジションを取っていることが多いので、サイドでのボール保持が安定する。セレッソが彼の獲得を決めた時は、アルゼンチン人のアンカータイプの選手と言うことで、ハビエル・マスチェラーノのようなファイター的な選手を想像していたのだが、実際のプレーを見ると、神戸のサンペールに近い気がする。スタッツを見ても、走行距離は長いがスプリントはそれほど多くなく、そう言う点でも似ている。
また川崎の方も、前半20分あたりからはセレッソのCBまでどんどんプレスに行くことは止め、プレスの開始位置をセンターサークルあたりに下げた。恐らく38歳の中村が、前からのプレスでスプリントを繰り返すのが難しいからだと思うが、これもセレッソのボール保持が増えた一因だった。

セレッソの方は、ある程度ボールを持てるようになったので、もう一度勝ち越しゴールを狙いに行きたかったところだが、前半の35分あたりでFWのブルーノ・メンデスが足を痛めてしまった。股関節付近を気にしていたので、恐らく内転筋あたりを傷めたのだと思うが、これで前にボールが収まらなくなり、また川崎がボールを支配する展開に戻ってしまった。
結局、前半はどちらのチームも追加点は奪えず、1-1で折り返すこととなった。

後半、セレッソは前半と同じメンバーでスタートしたが、4分の時点でメンデスを下げ、FC琉球から獲得したFW鈴木孝司を投入した。ロティーナ監督は後半始まってすぐに選手を替える、と言うことを良くするので、この交代は最初から予定されていたか、もしくはメンデスを少しプレーさせてみて、出来るかどうか判断させる、と言うことだったと思われる。
そして、後半のセレッソの攻撃なのだが、主体は右サイドだった。と言うか、恐らく前半も右サイドを主体に攻撃を仕掛けたかったのだと思う。実際、ボールを持てている時間はそうしていたのだが、前半の序盤は押し込まれ、前半の終盤はメンデスが痛んでしまっていたので形を作れず、と言うことで機会が少なかった。後半、メンデスから鈴木に代わり、ボール保持率が持ち直したことで、改めて右サイドからの攻撃が見られるようになった。上述の通り、右サイドはボランチのデサバトが右SBの松田、右SHの水沼と良い位置関係になっていて、SBが開いた時はデサバトがSBからワンタッチで下げられるところにポジションを取り、SHがハーフスペースに入る。SHが開いた時はSBがハーフスペースに入る。そして、SBもSHも開いた時はデサバトがハーフスペースに入る。この3名で右サイドに起点を作り、そこから松田、水沼がクロスを狙う。そして、その時には左SHの柿谷がFWとなり、鈴木、奥埜と共にゴール前に飛び込む。試合後のスタッツを見ると、この試合のセレッソのアタッキングサイドは左が28%に対して右が47%。この数字にも、セレッソの狙いが表れている。

セレッソの勝ち越しゴールが生まれたのは後半8分。藤田のロングスローのこぼれ球を回収した丸橋が瀬古に下げ、瀬古から右サイドの松田にパス、そして松田が水沼に縦パスを送った。水沼は外に開きながらボールを受け、川崎の方は車屋が付いてきたのでスペースはなかったのだが、ここでもデサバトは水沼の一つ内側、ワンタッチでパスが落とせるところにポジションを取っていた。水沼がデサバトにボールを当て、デサバトがリターン。デサバト自身は縦に抜け、車屋のマークを引き付ける。川崎は守田が水沼のマークに出てきたが、水沼は守田の前にボールを通し、自らは守田の背後を回って入れ替わると、右足でゴール前にクロスを上げた。セレッソはこのクロスにファーサイドから柿谷、中央に奥埜、ニアサイドから鈴木が走りこんだのだが、ボールは守田のカバーに入った下田の足に当たってペナルティエリアの脇にこぼれ、このボールを、上述の流れで縦に抜けていたデサバトが拾った。
偶発的に起こった状況だったが、ここでの鈴木のFWとしての動きは巧みだった。川崎のCBはニア側(川崎から見て左)が谷口、そして右CBのジェジエウもボールサイドまで絞って来ていて、最初、鈴木は水沼のクロスに対して谷口とジェジエウの間に走り込もうとしていた。そして、ボールがデサバトの方にこぼれたので、もう一度、この両者の間に走り込もうとしたのだが、谷口が自分から目線を切った瞬間に動きを変え、少しゴールから離れる方向に動いた。谷口の方から見ると、ちらっと鈴木の方を見た時は自分とジェジエウの間にいたので、鈴木とデサバトの間に立って、低いボールが来た時は自分が、頭を越えるボールが来た時はジェジエウが跳ね返す、というつもりでいたと思うのだが、実際の鈴木はゴールから離れる方向に動きなおしたので、谷口の立ち位置はコースを切れていない。そして、デサバトからクロスが上がった。動き直したことで鈴木は谷口からもジェジエウからもフリー。スタンディングの状態で頭でボールをプッシュし、ゴールニア側に突き刺した。

試合後、鈴木孝司のコメント

最初はもっと相手の前に入ろうと思ったのですが、そこまで入るとゴールの角度がなかった。DFにつかまると思った。思ったよりクロスを上げる時間もあったので、一度止まって、入り過ぎないようにポジショニングを取れたことが良かったと思います。

再びビハインドとなった川崎は、後半13分に家長を下げ、長谷川を投入。長谷川は左SHに入り、阿部が右SHに回った。

川崎フロンターレ フォーメーション(後半13分時点)
11
小林
16
長谷川
14
中村
8
阿部
22
下田
6
守田
7
車屋
5
谷口
4
ジェジエウ
26
マギーニョ
1
ソンリョン

このあたりから、川崎にとって悩ましい問題が出てくる。既に書いたとおり、川崎の方はトップ下の中村が前からのプレスの時に何度もスプリントする、というのは難しい。しかし、セレッソの方はGKの脇に両CBを広げ、その前に2枚のボランチを置いて、最低でも5枚でボール回しをするので、川崎の方が1トップ、トップ下、両SHの合計4枚で前からプレスを掛けようとすると、少なくとも誰か一人は二度追いする必要がある。同点の間は無理に追わずに引いてしまっても良かったが、ビハインドとなるとそうもいかない。なので、中村の所は別の選手に替えたいが、中村のパスセンスや崩しのアイデアを考えるとピッチ上に残しておきたい。しかし中村の所で追えないことで、セレッソにプレスを剥がされるシーンがどうしても出てくる。

実は今シーズンの川崎は、中村が出ていない時の方が勝率が良い。

中村の出場有無と川崎のリーグ戦勝点
中村出場 勝点合計 勝点平均
先発フル 1 3 0 6 1.50
途中交代 2 4 3 10 1.11
途中出場 0 2 0 2 1.00
出場無し 7 2 1 23 2.30

今シーズンのリーグ戦、中村が先発した試合で川崎が勝利したのは3試合である一方、出場しなかった試合では7勝している。
勿論、負けた試合でも中村がいなかったらもっと大敗していたかもしれないし、引き分けの試合は負けていたかもしれないし、そもそも一人の人間の有無で勝ち負けが決まるほど単純でもないのだが、この試合を見て、そして川崎のサッカーという物を考えた時、中村を最初から使うかどうか、というのは難しい問題である。
川崎はポゼッション型のチームだが、最近のそうしたチームが良くやる、GKからの再開時にCBに繋ぐ、というやり方はほとんどしない。GKソンリョンがそうしたプレーを得意としていないのも理由だと思うが、チームとして、前からのプレスに自信を持っているから、という面もあると思う。長いボールを蹴って相手が拾っても、前からプレスを掛けて奪い返せば良い。何だったらその方がゴールに近い位置でマイボールになる。それぐらい前からのプレスをしっかりやるチームで、そもそもは中村もそれをサボるような選手ではない。ただ年齢からくる限界というものは当然ある。
その一方で、ボールを持った時の中村は今でも特別で、ポジショニングひとつ、パスひとつで局面を変えられる力を持っている。また、今シーズンの最初、ゼロックススーパーカップのレビューの時にも書いたが、川崎は中村のポジショニングに合わせて周りがポジションを取りなおすことで、チームの動きに流動性が出るようにもなっている。川崎らしいサッカーをするためには中村が必要で、しかし中村がいることでボール奪取力が弱まれば、川崎らしいサッカーは出来ない。

試合の流れに話を戻すと、川崎は家長を下げたことで、それまでの右サイド偏重の攻撃から左サイド、つまり左SB車屋と、交代で入った長谷川、この2人による攻撃が増えていく。上述した通り、前半の川崎のアタッキングサイドは左が34%に対して右は50%だったのだが、試合を通じたスタッツでは左が42%に対して右が41%と、ほぼ半々になった。つまり、後半は左からの攻撃の方が多かった。
長谷川はドリブラータイプの選手なので、前半左サイドにいた阿部と異なり、開いたところでボールを受けたがるタイプ。よって、左SBの車屋は開いた長谷川の内側、ハーフスペースをインナーラップする形が増える。車屋がセレッソの選手を引き連れてハーフスペースを縦に抜け、空いたスペースに長谷川がカットインを狙う。勿論、セレッソの方も簡単には空けないので、抜けた車屋がもう一度開いた位置に戻って、今度は長谷川がハーフスペースを縦に抜ける、というかき混ぜるような循環を繰り返す。しかしセレッソの方はなかなかスペースを空けない。まず車屋の縦抜けには水沼が付いて行き、松田が長谷川を見る。車屋が抜けきって空いたハーフスペースはデサバトが埋める。そして、長谷川が縦抜けすると、今度は松田が付いて行き、水沼が最初のポジションに戻ってこちらも循環する。デサバトがハーフスペースを埋められない時は奥埜が下りてくる。それも無理な時は逆側のボランチの藤田が絞ってくる。とにかくハーフスペースは絶対に空けない。そして、崩されていない状態で上がったクロスに対しては、左SBの丸橋がしっかり絞り、CBと共に跳ね返す。今シーズンの丸橋は、絞った時のプレーが本当に良くなった。

後半20分、川崎の鬼木監督は決断を下し、トップ下の中村を下げ、レアンドロ・ダミアンを投入。前線は小林とダミアンの2トップとなった。
ちなみにダミアンが投入された直後、セレッソの方に、この試合3本目のCKがあったのだが、それまでの2本はニアサイドに蹴っていた藤田が、この時はファーサイドにボールを蹴った。中村の代わりにニアサイドのストーンに入ったのはダミアンで、このことからも、セレッソのCKの狙いが分かる。

そして川崎の方は、このダミアンの投入から、明らかにサッカーが変わった。中村がいなくなったことで、流動的なポジショニングや中央からの崩しは減り、ダミアンというターゲットが出来たことで、サイドから押し込んでクロス、という形が多くなった。そして、サイドから押し込んでいること、前線にダミアンと長谷川というフレッシュな選手が入って前からのプレスの運動量が戻ったことで、結果的にボールの支配率は上がった。

しかし結局、このあと川崎はセレッソから得点を奪うことは出来なかった。中村を下げた後、チャンスが出来なかったわけではない。後半32分にはハーフスペースからセレッソのDFラインの裏に飛び出した長谷川が、ラインギリギリからボールを折り返して小林がヘディング、ボールがバーに当たる、と言うシーンがあった。そして34分には右サイドから押し込んだことで丸橋と瀬古の最終ラインにギャップが生まれて、そこに交代で入った脇坂が走り込み、ペナルティエリア内でフリーでボールを受ける、というシーンがあった。このシーンでは脇坂がシュートを選択したほうがセレッソとしては嫌だったと思うのだが、クロスを選択したことで瀬古がボールをカットできた。
中村がいなくなった後もチャンスは生まれた。しかし川崎らしいサッカーでは無かった。結果的に得点を奪うことは出来なかった。このことを鬼木監督はどう考えているだろうか。

セレッソについても書きたい。デサバトと柿谷について。
デサバトは上述の通り、右サイドの松田、水沼と共に、この試合で大きな役割を果たし、決勝点のアシストも決めたのだが、セットプレーの守備の時には相手のCB谷口をマンマークで見る係だった。個人的に、これはちょっと怖い気がする。セレッソも川崎と同じく、CKの守備はマンマークとゾーンの併用なのだが、セレッソの方は、この試合でマンマークをしていたのはデサバト一人。つまりゾーンの補助としてマンマークを導入している。こういう守り方の場合、マンマーク役の選手には、凄くハイボールに強い選手を選ぶか、逆に、ハイボールにそれほど強いわけではないが、相手にしっかり付いて行くことが出来る選手を選ぶことが多い。後者のタイプを選ぶ理由は、相手にしっかり付いて行くことで自由に走らせず、ゾーン役の選手がボールを跳ね返しやすい状況を作るためである。デサバトはいずれのタイプでもないので、マンマークは奥埜にした方が良い。デサバトは元々、味方のセットプレーの時に後ろに残る役割も最初やっていたのだが、そこから相手のカウンターになった時にスピードで剥がされることが多く、シーズンの途中からは別の役割になった。同じ理由で、マンマーカーにも向いていない気がする。
柿谷については、怪我で出場できなかった清武の代役を、清武とは違う形でしっかりと果たして見せた。失点時こそ丸橋との連携の問題でクロスを上げられてしまったが、それ以降は守備で連携の齟齬を起こすこともなく、攻撃の時は3人目のFWとなってゴールを狙った。川崎の3人目の交代で投入されたのは脇坂だったが、この時下がったのは右SBのマギーニョ。このことからも、セレッソの柿谷、丸橋が川崎の右サイドをしっかりと封じていたことが伺える。ただ、柿谷のプレーで時々気になるのは、攻撃で何か失敗したり、思い通りにならなかった時に、その後のプレーの強度が急に落ちる、という点である。自分にガッカリしているのか、動揺を見せたくないということなのか、理由は分からないが、そこは落とさないでほしいなと。相手ボールになったのならしっかりと守備に切り替える、味方ボールが続いているなら再アタックを繰り返す、と言うことでないと、信頼して使ってもらえないと思う。逆に言えば、そこが治ればレギュラー奪取は十分に可能である。

関連記事: