現在のセレッソについて。毎熊という名のジョーカー

前回の投稿では今シーズンのガンバのサッカーを概観したが、今回はセレッソについて。
今シーズン、ボールを支配するサッカーに取り組んでいるという点ではセレッソもガンバと同じで、なかなかそれを結果に結び付けられずにいる、という点でも似ている。しかし、そこに取り組むようになった背景は異なっていて、ガンバの場合は前回の投稿で書いた通り、それがガンバのサッカーだから、というフィロソフィが背景にあると思うのだが、セレッソの場合は昨シーズンの結果が背景にある。まずはその部分、昨シーズンのセレッソのサッカーの傾向から書いていきたい。

2022年シーズンのセレッソ

昨シーズンまでのセレッソ、つまり小菊監督のサッカーは、どちらかと言うと前からガンガンプレスを掛けて行ってボールとゴールを奪い取るというサッカーで、ボールを自分たちで支配するサッカーでは無かった。厳密に言うと、そう言うサッカーもやろうとはしていたが、上手く行かないことが多かった。
2022年シーズンのセレッソの平均ボール支配率は18チーム中10番目だったのだが、セレッソより支配率が下の8チーム(京都、ガンバ、清水、磐田、名古屋、柏、湘南、福岡)から奪った勝ち点は25。全体の勝ち点は51だったので半分以下である。これらの8チームが順位的には下のチームであったことを考えると明らかに少ない。特にシーズン終盤にこの傾向が顕著で、最後の6試合中5試合が磐田、湘南、柏、京都、名古屋との対戦だったのだがそこで勝ち点4しか取れなかった。

2022年のJ1各チームの平均ボール支配率
出典:https://www.football-lab.jp/summary/team_ranking/j1/?year=2022&data=possession

つまり、ボールを持った相手に対して積極的にプレスを掛けて行くサッカーが嵌まった時は勝てるが、逆にボールを持たされる展開になると攻めあぐねる傾向にあったと言え、そこを打破するために、今シーズンはボールを保持するサッカーに取り組んでいる。
そして、この流れを説明する時にスポットを当てたい選手がいて、それが今回取り上げる毎熊晟矢という選手である。毎熊は2021年シーズン終了後にセレッソがV・ファーレン長崎から獲得した選手で、それ以来ずっと、小菊監督は毎熊の使い方を模索している。

毎熊は、長らくセレッソの右SBで不動のスタメンだった松田とポジションを争う存在として、そしていずれは松田の後継者になることを期待されて獲得された選手だが、松田とは特性が異なっている。身長は松田が171cmに対して毎熊が179cmで毎熊の方が高いが、プレーは寧ろ、松田がCB的であるのに対して毎熊はSH的である。つまり、松田はパスの出し手になったりパスで味方を動かすのが上手いが、毎熊はパスの受け手になったりドリブルで自ら仕掛けていくプレーに上手さがある(元々は松田もSH的なSBだったのだが、ロティーナ監督の下でCB的なプレーを覚え、今のスタイルになっている)。
また、松田がオーソドックスなSBであるのに対して毎熊は、SH的にも、FW的にも、そして時にはボランチ的にもプレーできる、いわば7並べのジョーカーのような性格を持つ選手である。これは単に複数ポジションでプレーできる、ユーティリティである、というだけでなく、SBとして出場しつつSH的にもプレーできる、その逆も出来る、あるいはSBとして出場しつつFW的にもプレーできる、という意味である。

セレッソがこうした特徴に着目して毎熊を獲得したのか、それとも獲得した後そう言う特徴に気付いたのかは分からないが、2022年に毎熊がセレッソに加入した当初はカップ戦を中心に松田の代わりのSBとして出場することが多かったので、少なくともこの時点ではシンプルに、松田の代わりとして使おうとしていたように思う。しかし、最終的には松田が右SB、毎熊がその前(右SH)、という両者がスタメンを確保する形に落ち着いた。

この着地点については、「そうするしかなかった」という側面もあって、セレッソが安定的にボールをビルドアップするためにはCB的に(つまり本来の2CBの横のスペースで)パスの出し手になれる松田が必要だったし、その一方で毎熊も、SHとして前から積極的にプレスを掛けつつ押し込まれた時にはSBやボランチのフォローまで出来る、ということでやはり必要だった。
ロティーナ監督時代のように、前からのプレスをあまりしないサッカーであれば、SHは毎熊以外の選択肢も有り得たかもしれないが、上で書いた通り2022年の小菊監督のサッカーはプレスが身上だったし、かつボール保持を完全に放棄したサッカーでもなかったので、結果的に、ビルドアップ→失ったら前からプレス→失敗したら撤退守備、というサイクルをかなり激しい運動量で回し続ける必要があり、それを実践しようとすると右サイドは松田と毎熊の組み合わせしかなかった。

下記は2022年シーズンのセレッソを、(1)毎熊がいない時、(2)毎熊がSHにいる時、(3)毎熊がSBにいる時、の3パターンに分けて得失点を集計したものである。これを見ると、セレッソが最も得失点の成績が良かったのは毎熊がSHにいた時だったことが分かる。毎熊がSHに入る時はほぼ松田がSBに入るため、つまりは松田と毎熊が右サイドに揃っていた時である。

毎熊がいない時
時間 1381分
得点数 23 (1.499)
失点数 20 (1.303)
毎熊がSHにいる時
時間 1708分
得点数 22 (1.159)
失点数 15 (0.790)
毎熊がSBにいる時
時間 125分
得点数 1 (0.720)
失点数 5 (3.600)

※カッコ内は90分換算

そして、「毎熊がいない時」と「毎熊がSBにいる時」を見ると、松田だけがいた時や、松田を外して毎熊をSBに入れた時はバランスが悪かったことが分かる。また、得点と失点の数を見ると、毎熊がSHにいる効果は特に守備面で表れていたことも分かる。右SHを毎熊以外の選手に替えると、攻撃面ではそこまで落ちないか、場合によっては上がるのだが、守備面が落ちる。
しかし当然、松田と毎熊がずっと揃ってプレーすることは出来ない。特に毎熊は、前からのプレス、フィニッシャー、そして引いて守る時の守備と全部求められていたので、それを全試合90分間行うと言うのは不可能だった。
11節の鳥栖戦、12節の磐田戦、20節の鹿島戦、21節のマリノス戦、27節の広島戦、31節の湘南戦、セレッソはいずれも毎熊を下げた後に失点している。また、25節のFC東京戦では75分に松田を下げ、SHだった毎熊をSBに回したが、その後3失点し、0-4で大敗している。

また時間帯別の失点を見ても、2022年のセレッソは終盤の失点が著しく多かった。下記は2022年のJ1上位5チームの時間帯別失点数だが、セレッソは76分以降の失点及びロスタイムの失点が他のチームの倍以上多い。

2022年のJ1上位5チームの時間帯別失点数

出典:data.j-league.or.jp

逆に広島は76分以降の失点及びロスタイムの失点が上位5チームの中で最も少なく、終盤に強いチームだったことが分かる。セレッソは2022年シーズン、広島相手にリーグ戦のホームとアウェイ、天皇杯準々決勝、そしてルヴァンカップ決勝と都合4回対戦し、全てで敗れている。ACL出場とタイトル獲得というシーズンの目標を、全て広島によって打ち砕かれた格好だが、そうなってしまった要因はデータにも表れていると言える。

ここまでを見れば分かる通り、昨シーズンのセレッソは右サイドが強みであり弱みでもあった。右サイドに「元々レギュラーである松田+ジョーカーとして何でもできる毎熊」という非常に強い、かつバランスの取れたカードを置いていて、その一方で、そのカードを失った時にバランスを維持できるカードを持っていなかった。そしてその問題はゲームの終盤、そしてシーズンの終盤に表出し、結果として目標を達成できなかった。
そして、そうなってしまった大元を辿れば、松田とポジションを争わせるつもりだった毎熊を、松田と一緒に使ってしまった、使わざるを得なかった、と言うところが問題の始まりだったと言える。ポジションを争うと言うことは逆に言えばバックアップがいるということだが、同時起用したことで松田にも毎熊にもバックアップがいなくなってしまい、結果的に右サイドに余力がない状況を作ってしまった。そしてそれは編成の責任でもあったと思う。最初に書いたとおり、松田と毎熊では特徴が異なるので、毎熊を松田の代わりに使うには時間が必要であることを折り込んでおくべきだった。

2023年シーズンのセレッソ

上記を踏まえ、今シーズンのセレッソは最初に書いたとおり、ボールを支配するサッカーに取り組むところからスタートした。
ボール支配率が下のチームから勝ち点を落としている、そしてゲーム終盤に体力が尽きて失速している。こうした2022年シーズンの問題を克服するためには、ボールを保持するサッカーで相手に勝てるようになる必要があり、それと同時に、ボールを保持することで攻守の切り替えの少ない落ち着いたサッカーが出来るようになる必要もあった。
プレシーズンの映像を見る限り、当初の想定では清武を左のIHに置く4-3-3を基本形にしようとしていたようである。守備時は清武をトップに置き、攻撃時はIHにフリーマン的に下ろしてボール保持力を高める、というのは2022年シーズンも何度か見られた形なので、その形をより高めよう、という意図だったと思われる。
一方右サイドについては、松田・毎熊のコンビに替わる形として、福岡から獲得した左利きのウィンガー、ジョルディ・クルークスを右SHに置き、毎熊を右SBに置く、という形が見られた。クルークスはドリブル、そして左足での精度の高いクロスが持ち味の選手で、つまり大外のレーンでプレーするのが得意。大外でボールを持ったクルークスの1つ内側のレーンを毎熊がインナーラップし、そこに相手がついてくればクルークスが左足でクロスを上げたり、カットインしたりするスペースが生まれる。ついてこなければ相手ペナルティエリアのニア側のゾーンで毎熊がフリーになれる。既に書いたとおり、毎熊はSBとして出場しつつSH的にもプレーできる、そしてFW的にもプレーできるので、その特徴を踏まえた形だと言える。

恐らくセレッソとしては、このサッカーで開幕から戦っていくつもりだったと思うのだが、キーマンである清武が開幕直前に重度の肉離れで長期離脱となってしまい、ここで計画の変更を余儀なくされた。
開幕からの3試合、新潟戦、福岡戦、浦和戦は、右サイドは毎熊とクルークスという形で戦ったのだが1分け2敗と勝てず。結局、その次のルヴァンカップ初戦で松田を右SBに戻してシーズン初勝利を挙げると、リーグ戦でも4節の鳥栖戦以降は昨シーズンと同様、松田と毎熊のコンビに戻った。

この形だとある程度勝てると言うのは昨シーズンに分かっていたことであり、同時に、この形だと限界があると言うのも昨シーズン分かっていたことである。
右サイドを松田と毎熊のコンビに戻して以降、リーグ戦4節から12節までのセレッソは5勝1分け3敗。3敗のうち、1つは毎熊が出場しなかった7節札幌戦。そして1つは10節、因縁の広島戦である。広島戦では毎熊が下がった後ロスタイムに失点するという、ある意味で予想通りの敗れ方をセレッソはしている。

勝てる形はあるのだが、その形だと天井も見えている。このジレンマの転機になったのが5月8日(12節鹿島戦の翌日)にあった神戸とのトレーニングマッチだった。
このトレーニングマッチにセレッソは7-0で快勝。そこで躍動したのがFW加藤、そして右サイドが昨シーズンの形に戻ったことでスタメンの座を失っていたクルークスだった。

小菊監督としては当然、この2人を使いたい。一方で松田は調子が上がっていない(鹿島戦では途中交代しており、故障があったのかもしれない)。
ただ、今の形を変えることは、ある程度勝てる形を手放すことでもある。4節以降のセレッソは、右サイドが昨シーズンの組み合わせである一方、フォーメーションについては4-3-3としており、昨シーズンの形と今シーズン初頭の構想をミックスしたような形で戦っていたのだが、この形でそこそこ勝ててはいたので、変えることには勇気が必要だった。
しかし、13節の相手である京都にはルヴァンカップのホームとアウェイ両方で敗れていて、何かを変える必要があったということもあり、小菊監督は変更を決断。フォーメーションを4-4-2とし、前線は加藤とレオ・セアラの2トップに、そして右サイドは毎熊をSBとし、クルークスをSHに置いた。
そして、この京都戦でセレッソは見事勝利。以下は試合後の小菊監督のインタビューである。

京都戦後の小菊監督のコメント
陸次樹とジョルディは素晴らしいパフォーマンスでした。試合に絡む時間が少ないときも素晴らしい準備をしてくれた成果が、今日のプレーに表れたと思います。攻守にチームの勝利のために戦ってくれました。この勝利は彼らの貢献度も非常に大きいと感じています。

[4-3-3]でチームをビルドアップしていく、[4-3-3]の成熟を図るために固定メンバーで戦ってきましたが、昨年も含めて私自身が一番大事にしていた日々の競争。パフォーマンスやコンディションも含めて、そのとき、そのときのベストの11人を選ぶ。どっちを選択するか、悩んでいた部分もあるのですが、神戸との練習試合で躍動した2人を使いたいと。そう思わせてくれた彼らのパフォーマンスがすべてです。

そうなったときに、[4-3-3]に彼らをハメるのではなく、彼らが最も生きる、躍動する、それを考えたときに[4-4-2]をチョイスしました。

この13節以降、セレッソはリーグ戦で湘南戦、横浜FC戦と連勝を納めていて、いずれの試合でもフォーメーションは4-4-2、右サイドは毎熊とクルークスのコンビがスタメンを務めている。

3節まで、セレッソは松田がいない4-4-2で勝てなかった。しかし今は勝てている。その違いは何かと言うと、香川真司の存在である。
今シーズン、12年ぶりにセレッソに復帰した香川。彼が良く行うプレーの一つとして、ビルドアップの時にCBの近くまで下りてボールを安定化させる、というものがある。これは彼が得意としていると言うよりはむしろ、彼の生命線になっているプレーだと言える。香川は前線の選手としては身体が大きくないしフィジカルが強いわけでもないので、ずっと前線に張って相手DFを背負っていたらボールを受けられないし、長いボールを入れられても勝てないので、低い位置まで下りて一旦フリーになり、そこでボールを受けて捌いて、また得点が狙える位置まで上がって行く、というのがプレースタイルになっている。
上で書いたとおり、セレッソはCBの脇でボールを捌ける松田の存在がボール保持を安定化させる条件の一つになっていたのだが、下りて来る香川がその役割を代替することで、今シーズンは松田がいなくてもボール保持を安定化させることが出来るようになった。

そしてもう一つ。セレッソは今シーズン、香川がスタメンに定着する前は4-4-2をベースにしていて、香川がスタメンになってから4-3-3ベースに変えた。それは香川の一番得意なポジションが左IHだからだと思うが、13節より前の4-3-3と、13節以降の4-4-2を比較すると、香川がいる時は寧ろ4-4-2にした方が良いように思う。特に、13節の京都、14節の湘南のように、前から積極的にプレスを掛けてくるチーム相手にはそれが顕著である。
前から積極的にプレスを掛けるチームからすると、CBの近くまで下りる香川を前線の選手が追いかけてプレスに行きたいと当然考えるわけだが、セレッソは2トップになっているので、追い掛ける前線に合わせて後ろが押し上げようとすると、セレッソのFWの片方がSBの裏に流れて来てロングボールを裏で受けられたりするし、逆に押し上げないと香川が空けたスペースにFWやSHの選手が下りてきたり、もう片方のボランチが入ってきたりして使われてしまう。
そして香川という選手はそう言う流れを作るのが非常に上手い。スペースに動く、そこに相手が寄せてくる、別の場所にスペースが出来る、そこを味方に使わせる、と言うようにスペースで受けるプレーとそれを囮にするプレーがセットになっているからである。そして、今のセレッソでそう言う流れを作るには2トップである方が望ましい。中盤で繋ぎきる力があれば中盤が多い方が良いが、そうでないなら前のターゲットが多い方が良い。また、クルークスというクロッサーがいるのでそう言う意味でも2トップの方が良い。

一方、香川を入れて4-4-2にする場合、香川はボランチとして使うことになるわけだが、そうなると守備面が気になるところである。ただ、香川は攻撃的MFとしての印象が強いものの、ボランチとしての能力も決して低くない。このサイトでも以前に書いたが、DFBポカールの決勝でボランチを務めたこともある。
欧州での香川はボランチとして評価されていた選手では無かったが、それはあくまでも、ユナイテッドがシティと対戦するとか、ドルトムントがバイエルンと対戦するとか、スペイン2部から昇格したチームが1部の常連チームと対戦するとか、そう言う場合に香川をボランチとして計算できるか、という話であって、相手との力関係や比較対象となる選手がセレッソにいる今とは全く異なっている。

いずれにせよ、今のセレッソの4-4-2が機能しているのは昨シーズンの反省点、ボールを保持しない相手に対して勝率が悪い、右サイドの組み合わせに余力がない、という部分の解決が見えたという意味で非常に重要である。
勿論、相手次第ではこの形が最適解とはならない可能性もある。特に、ボールを保持するタイプのチームの場合は昨シーズンの形を踏襲した方が良い結果が出る可能性が高い。重要なのは、選択肢が増えたという点である。

セレッソのリーグ戦、次節の相手は3位名古屋。その次は首位神戸。いずれもボール非保持型のサッカーで上位に付ける2チームである。セレッソがどのようなサッカーで勝利を目指すのか、そして、そのサッカーの中で毎熊と香川がどのようなプレーを見せるのか、今から楽しみにしたい。