基礎を侮るなかれ。サンフレッチェ広島 VS ガンバ大阪 J1第26節

日時 2022年8月21日(土)19:03
試合会場 エディオンスタジアム広島
試合結果 5-2 サンフレッチェ広島勝利

今シーズン、満を持して、三冠時代にコーチを務めた片野坂知宏氏を監督として招聘したガンバ大阪。宮本・松波監督時代にポジショナルプレーをベースとしたサッカーを中々浸透させられなかったガンバとしては、大分トリニータでそうしたサッカーを実現していた片野坂監督の手腕に期待するところは大きかったはず。しかしシーズン前の大方の予想とは裏腹に成績は低空飛行を続け、24節終了時点で降格圏の17位。そして25節、残留争いの直接のライバル清水に敗れたことで、片野坂監督は解任となってしまった。
この試合は片野坂監督解任後を託された松田浩監督の元での最初の試合。相手はリーグ4位につける好調サンフレッチェ広島である。

サンフレッチェ広島フォーメーション
13
ベンカリファ
20
ソティリウ
39
満田
10
森島
18
7
野津田
25
茶島
19
佐々木
4
荒木
2
野上
38
大迫

この試合の広島のフォーメーションは5-3-2。攻撃時やハイプレス時は両WB(ウィングバック)が高い位置を取って3-1-4-2のような形になる。GKは大迫敬介、DFラインは左から佐々木翔、荒木隼人、野上結貴、左WBが柏好文、右WBが茶島雄介、アンカーに野津田岳人、IH(インサイドハーフ)が満田誠と森島司、2トップがナッシム・ベンカリファとピエロス・ソティリウ。ソティリウは夏のマーケットでブルガリアのラズグラドから獲得したキプロス代表選手で、この試合がデビュー戦である。

ガンバ大阪フォーメーション
18
パトリック
9
Lペレイラ
40
食野
17
アラーノ
17
奥野
15
齊藤
4
藤春
3
昌子
5
三浦
13
高尾
1
東口

一方のガンバ大阪のフォーメーションは4-4-2。
GKは東口順昭、DFラインは左から藤春廣輝、昌子源、三浦弦太、髙尾瑠、中盤が左から食野亮太郎、奥野耕平、齊藤未月、ファン・アラーノ、2トップがパトリックとレアンドロ・ペレイラとなる。このうち食野とアラーノは夏のマーケットで獲得した選手。前者はポルトガルのエストリル(ただし保有権はマンチェスターシティ)からの古巣復帰、後者は鹿島アントラーズから完全移籍で獲得している。
最初に書いた通り、ガンバは片野坂監督を解任し、後任となったのがかつて神戸や栃木、そして最近ではVファーレン長崎を指揮した松田浩監督である。ガンバと松田監督の契約はシーズン終了までとなっており、来シーズンの指揮は白紙となっている。
松田浩監督と言えば日本ではゾーンディフェンスの代名詞的な人物で、4-4-2のブロックで構成されるシンプルかつ原理原則的な守備構築に定評があり、著作も出しているほどである。片野坂監督時代は3バックを用いることが多かったガンバが、この試合ではオーソドックスな4-4-2に変わっていることが、監督のキャラクターを良く表している。
ちなみに松田監督は片野坂監督より10歳以上年上だが、現役時代は共にプレーしたことがあり、その時のチームが今回の対戦相手であるサンフレッチェ広島。当時の広島にはこの2人の他にも現日本代表監督の森保一や前・川崎監督の風間八宏など、将来監督として活躍することになる選手たちがいて、彼らを指導していたのがイングランドU19や南アフリカ共和国などで指揮を執ったスチュアート・バクスターである。つまり、ガンバの指揮はいわゆるバクスター門下生同士で引き継がれたことになる。

さて試合に話を移すと、ガンバは予想通り、引いてコンパクトなブロックを敷く守備的なサッカーで試合に入った。攻撃に関しても、全てシンプルに、前線のペレイラとパトリックに向けてロングボールを蹴って行く形。ガンバの先制点は、このロングボールをパトリックが競り合い、落ちて来たボールを食野がペレイラへパス、ペレイラがドリブルで運んでパトリックがシュート、相手に当たってこぼれたボールをペレイラが再度シュートしてゴール、と言う形で生まれている。
一方の広島。現在指揮を執っているのはギリシャ代表やボルシア・ドルトムントU-19、サウジのアル・アインなどを率いた経験のあるドイツ人監督ミヒャエル・スキッベだが、前任者である城福浩監督時代から、積極的に前からプレスを掛けるサッカーを志向していて、スキッベ監督になってそれがより整備されたことで、現在上位に付けている。また、前々任者である森保監督時代、更にその前のミハイロ・ペトロヴィッチ監督時代から続く、3バックのサイドのCBとWBを使って相手の守備組織を順番にずらしていくポゼッションも健在で、この試合ではガンバが守備的に入ったこと、そしてガンバが先制したこともあり、こちらの形の方がより多く見られた。

結果から先に書くと、ガンバはこの試合、上述のペレイラのゴールで先制し、11分にベンカリファのゴールで追いつかれ、37分には齊藤未月のゴールで再度リードを奪って折り返したが、後半27分から43分の間に立て続けに4ゴールを被弾して、最終的には5-2の大差で試合を落とすこととなった。
敗れてしまった、そして特に、守備的に入ったにも関わらず大量失点と言う結果になってしまった、と言うことで絶望的な結果にも見えるのだが、この試合を4分割、つまり前半を2分割、後半を2分割して見ると、最後の4分の1より前、いわゆる第3クォーターまでは、ガンバは広島に押し込まれつつも試合をコントロールできていた。
上述の通り、広島は3バックのサイドのCB、佐々木と野上のところで相手のSHを釣り出し、SHの裏にボールを出して今度は相手のSBを釣り、最後はSBの裏、と言う形で順番にずらしていくのが得意な形。よって、アラーノも食野も相手のCBに食いつき過ぎないように守っていて、ここは松田監督の広島対策が見えていた部分だった。前半11分のガンバの失点は、右SB髙尾が広島の左WB柏の対応に出たところ、その裏に走った満田に縦パスが出て、満田に対応するために三浦がサイドに飛び出して、三浦が空けたスペースでベンカリファにヘディングを決められる、と言うまさに上述の広島の得意な形でやられてしまったのだが、これは組織的な問題と言うよりも、三浦が満田を潰せなかった、逆に当たり負けて倒れてしまい、満田からベンカリファへのクロスを上げさせてしまった、と言う部分が主要因だったと思う。
そして、それ以降は守れていて、かつ前半のうちに再度リードも奪えたと言うことで、ガンバとしては悪くない流れだった。もちろん、数字上は前半の広島のシュートが11に対してガンバは3と、かなり押し込まれてはいたのだが、現在の順位差を考えるとそこは受け入れざるを得ない部分だったと思う。

既に述べた通り、ガンバが試合のコントロールを失い出したのは第4クォーター、後半の残り半分に差し掛かったあたりから。ガンバは後半開始からペレイラに替えて鈴木武蔵(この選手も夏のマーケットで獲得した選手)を投入し、更に後半17分には食野とアラーノの両SHを下げ、左SHに倉田秋、右SHに山本悠樹を投入したのだが、この辺りから雲行きが怪しくなって行った。
まず鈴木武蔵の投入意図としては、パトリックとペレイラはあまり守備をしない、特にパトリックの方は、元々は守備意識はそれなりに高い選手であるものの、年齢ももうすぐ35になるし、かつ前線で起点になったりハイボールを競り合ったりと負荷の高い仕事を要求してもいるので、更に守備面での貢献を要求するのは難しい、ということで、それを補う意味での投入だったと思う。武蔵はアラーノが前に飛び出して行って戻って来れない時に右SHのスペースを埋めたりもしていた(ペレイラとパトリックの時にはそれさえなかった)。
一方、倉田と山本の投入については、広島相手の時はSHが相手のCBとWB両方を見ないといけないので負荷が大きいから、と言うのがひとつ。これは食野とアラーノのスプリント数が途中で交代したにも関わらずチームの1番と2番だったことからも分かる。
2つ目の理由としては、広島に対して押し込まれると、ガンバの方は広島のWBをSHではなくSBが見ることが多くなるので、SBがWBの対応のためにサイドに出た内側のスペースをSHが埋める、そのためにボランチ的なプレーが出来る倉田と山本をSHに置く、と言うのもあったと思う。実際、両者の投入後はそう言う守り方に変わっていた。
ただ(ガンバの1失点目の時がそうだったように)広島の方はIHやFWがガンバのSBとCBの間のスペースにどんどん入って来るので、そこのカバーをSHがやる、ということになるとSHが最終ラインに吸収されてしまい、結果的に5バック、6バック的になってしまう。松田監督としても当然、そのことは認識していたと思うが、この時点では勝っていたので、たとえ5バック、6バック的になってしまったとしても、結果的に失点しなければそれで良い、と言うことだったと思う。

一方広島の方は後半25分、飲水タイムのタイミングでソティリウと茶島を下げてエゼキエウとドウグラス・ヴィエイラを投入。ヴィエイラはソティリウのいた前線にそのまま入り、エゼキエウは満田のいた左IHへ、満田が茶島のいた右WBに入った。

サンフレッチェ広島フォーメーション(後半25分時点)
13
ベンカリファ
9
ヴィエイラ
14
エゼキエウ
10
森島
18
7
野津田
39
満田
19
佐々木
4
荒木
2
野上
38
大迫

そしてこの交代の直後、後半27分と31分に、ガンバはベンカリファのシュートを立て続けに被弾して逆転を許してしまった(これでベンカリファはハットトリック)。ただ、そうなってしまった最大の理由は交替どうこうと言うよりもベンカリファがめちゃくちゃ上手かったから。27分のゴールは野津田の左からのサイドチェンジ気味のキックをペナルティアークあたりで太腿トラップし、落ちてくるボールを右足でダイレクトシュート、というもの。31分のゴールはこれも野津田の左からのサイドチェンジ気味のボールが始まりで、これを受けた満田(上述の通り右WBになっていた)が右から中央にドリブルして左に流れたベンカリファにパス、これを右足ダイレクトで逆側のゴールネットに流し込んだ、というもの。特に後者のシュートはニアに立ったGK東口、戻ろうとするガンバのDF、どちらも届かないギリギリを抜けてファー側のポストのボール1個分内側に決まっており、これをダイレクトで撃たれてしまったらどうしようもない、というゴールだった。
ただ、シュートの前段階でのガンバの守備の不味さというものもあり、この2つのシーンではいずれも左SH倉田の立ち位置が良くなかった。27分のシーンではベンカリファは倉田と藤春の中間あたりにポジションを取っていて、そこに野津田からのボールが入ったのだが、藤春の外側には広島のWBがいたので、藤春としては当たりに行くと大外が空くし、また上述の通り内側はSHが埋める、という流れになってもいたので、ここでは倉田がもう少しはっきりベンカリファに付くか、もしくはもっと中に絞って野津田からのパスコースを消すべきだった。また31分のシーンも同様で、野津田から満田へのボールが通ったのは倉田が中途半端に高い位置を取っていてスペースが空いていたから。そこで満田に受けられて、最終ラインと2列目の間をドリブルで運ばれて、という流れだった。
この時間帯、広島の方はアンカーの野津田が左に流れて来ることが多くなっていて、彼は左利きなので、左から右への展開(ガンバから見ると右から左への展開)が多くなる。そうなるとガンバの方は、左SHの立ち位置が重要になるのだが、そこでやられてしまった。

そして後半36分、試合を決定付けた広島の4点目は、2点目、3点目とは逆にガンバの右サイドを崩された形だった。ここでは広島の左WB柏に対してガンバの方は右SHの山本が対応したのだが、それまでの流れを踏襲するなら柏には右SB髙尾を当たらせて、山本はその内側をカバー、という形にすべきだった。逆に言えば、山本が出たなら髙尾がカバーのポジションを取るべきだったのだが、目の前にいたエゼキエウに引っ張られて髙尾も前に出てしまい、2人が横並びになった裏のスペースに広島の左CB佐々木が浮き球のパス、そこに柏が斜めに走り込んで、ガンバの方は山本と髙尾が2人とも裏を取られてしまった。これでガンバ守備陣が自軍ゴールに向かって背走する形になり、柏のマイナスの折り返しに対して逆サイドから中に入って来た満田がフリーでシュートを突き刺した。

広島の5点目については大勢が決した後なので割愛するとして、試合の分岐点としては、松田監督が守備のてこ入れのつもりで投入した両SHが逆に失点の起点になってしまった、という部分だったと思う。逆に言えば、そこまでは、押し込まれつつも何とか戦況を維持出来てはいたので、大事なのは最後の1クォーター。そしてそこを仕上げるにはどうしてもサブの選手の力がいる。
倉田も山本も悪い選手では無い(寧ろ良い選手だと思う)が、当然調子の波はあるし、松田監督が就任してからまだ3日ほどしか経っていないので、戦術への理解度の高い(もしくは親和性の高い)選手から順番に起用して行くとどうしてもサブまでは、という面もあったと思う。本来なら、ベンチ入りを含めた18人をチーム全体で争い、調子の悪い選手や戦術理解度の低い選手はベンチにも入れない、と言うぐらいでなければいけないのだが。

ただ、片野坂監督のそれと比べて、松田監督のサッカーはよりシンプルなので、チーム全体に落とし込むまでの時間は短く済むはず。そしてガンバが片野坂監督に求めていた、ポジショナルプレーをベースとしたサッカーも、そう言うシンプルなサッカーの先に存在する。ポジショナルプレーはゾーンディフェンスの基本的なポジショニングから逆算していくものだからだ。
既に書いた通り、松田監督は片野坂監督と同じバクスター門下生。異なるサッカーだが根っこは同じなのだ。