今回は、ハンドの反則の判定基準について書きたい。
2019年の日本サッカーは、この話題とともに幕を開けたと言ってもいい。
まず、1月に開催されたアジアカップでは、下記の4つのハンドの判定が日本代表の試合の行方に大きな影響を及ぼした。
対戦相手 | プレー内容 | 判定結果 |
---|---|---|
オマーン | 相手のシュートが長友の腕に当たった | ハンドなし |
ベトナム | 吉田のヘディングシュートが吉田自身の腕に当たってゴール | ハンドVAR |
イラン | 南野の折り返しが地面についた相手の腕に当たった | ハンドVAR |
カタール | 日本ゴール前の空中戦で吉田の腕にボールが当たった | ハンドVAR |
上記の判定の幾つかについては、このサイトでも試合のレビューの中で触れている。
鍵はロングボール。AFCアジアカップ2019 オマーン代表 VS 日本代表
(相手のシュートが長友の腕に当たったシーンについて)長友のハンドを取られていればPK、故意に手を伸ばしたと判断されれば退場まで有り得たが、幸いにもファウルにはならず、オマーンのCKでの再開となった。
日本が得たもの、イランが失ったもの。AFCアジアカップ2019 イラン代表 VS 日本代表
(南野の折り返しが相手の腕に当たったシーンについて)この判定は、この試合の基準に照らせば完全にPKだったと思う。手を付いたところに当たったとは言え、プーラリガンジは明らかに肘を張ってボールに当てに行っていたし、後半開始直後には逆に日本の酒井が、至近距離からの相手のクロスを避けようとした所、手に当たってしまい、これにイエローが出る、と言う厳しい判定を貰っていたので、ここでPKにならなければ完全に基準がおかしい判定になる。
敗因は3つ。AFCアジアカップ2019 日本代表 VS カタール代表
(吉田が空中戦でハンドを取られたシーンについて)「避けるのに十分な時間や距離があったか」を考えると、相手の至近距離からのヘディングで、ましてや吉田は空中にいる状態なので、避ける余裕は全くなかった。また、「手が不自然な位置になかったか」と言う点については、相手と競り合いながら空中に高く飛ぶ際に、腕を広げて飛ぶ、と言うのはサッカーでは普通に行われる行為なので、不自然さもない。
つまり、このサイトの意見としては、「オマーン戦でハンドを取られなかったのは幸運だった」「イラン戦のハンドのジャッジは妥当だった」「カタール戦のハンドのジャッジは不当だった」と言うスタンスだった。
そして、今年2月12日には、Jリーグの開幕に先駆けてJFAから2019シーズンの競技規則スタンダードのアナウンスがあり、この中の最初のトピックとしてハンドの判定が取り上げられた。
https://www.youtube.com/watch?v=FKyh3SNq8tY
ただし、このアナウンスの中のハンドの項目については、特に目新しいものではなく、従来からの基準を再度アナウンスした、と言うもの。簡単に言えば、「ハンドの反則は手に当たれば必ず取られるものではないですよ」と言うことであり、「わざと手をボールに当てたかどうかが基準ですよ」と言うことであり、「わざとかどうかは、避けるのに十分な時間があったかどうかや、手が不自然な位置になかったかを見て判断しますよ」と言うことである。上述のアジアカップの記事の中での当サイトの意見も、従来からある、つまりこの競技規則スタンダードと同じ基準で述べたものである。
また、ベトナム戦で吉田のゴールがハンドで取り消された判定については、試合のレビューの中で特に深い言及はしなかったが、この時のプレー内容は上述の通り、吉田がヘディングシュートしたボールが当たり損ねて吉田の腕にも当たり、そのままゴールに入った、と言うもので、基準に照らせば、「わざとではなかった」つまり「ハンドなし」と考えることも出来るものだった。ただ個人的に、手に当たって入ったゴールが認められることにも違和感はあったので、まあしょうがない、と言うぐらいの気持ちだった。
更に、続く3月2日には、国際サッカー評議会(IFAB)の年次総会があり、ハンドの判定基準について新たなアナウンスがあった。
まずはIFABの公式サイト内での記載を見てみる。
133rd Annual General Meeting of The IFAB: sensible changes to make the game better
On the topic of defining handball, a decision was taken by The IFAB to provide a more precise and detailed definition for what constitutes handball, in particular with regard to the occasions when a non-deliberate/accidental handball will be penalised.
ハンドボールの定義のトピックにおいては、IFABから、何がハンドに相当するのか、より正確かつ詳細な定義を提供するための決定が下され、具体的には、意図的でない/偶発的なハンドに関して反則を取られることになった。
For example a goal scored directly from the hand/arm (even if accidental) and a player scoring or creating a goal-scoring opportunity after having gained possession/control of the ball from their hand/arm (even if accidental) will no longer be allowed.
例えば、手/腕によって(偶発的であったにせよ)直接ゴールが決まった場合、及び、手/腕によって(偶発的であったにせよ)ボールの保持/制御が行われた結果ある選手が得点ないしは得点機会を創出した場合、これらは今後は認められないこととなった。
つまり、アジアカップで筆者が「手に当たって入ったゴールが認められることにも違和感はあった」と感じていた部分が、ルール上明確に、「それは認められない」と定義されたことになる。
しかし、上記の記載の中の前段の部分だけが記事タイトルとして日本語化されたため、大量の誤解を生むこととなった。例えば下記はAFP通信の日本語版の記事タイトルである。
IFABがハンドの定義を明確化、今後は「故意」でなくとも反則に
上記のタイトルだけを見ると、ボールが手に当たると無条件で反則を取られるようになったかのように見える。記事内には上記のIFABのサイト内の後段の部分、つまり具体的なシチュエーションについても記載があるのだが、WEBで記事を見る場合、タイトルがリンクになるし、リンク先は読まずにタイトルだけで判断する人も沢山いるので、それが誤解を生む元となった。
ちなみに、ゲキサカの方にも記事があり、こちらは具体例がタイトルに含まれているので、AFPほどは不親切ではない。
“麻也事例”も明文化へ…IFABがルール改訂を承認、ハンド基準に大きな変更
ただ、アジアカップでの吉田のハンド判定は上述の通り、ベトナム戦とカタール戦、計2回あったので、そのどちらか分かるようになっていたほうがより良かった。
また、このルール変更についてはIFABのテクニカルディレクター、David Ellerayの説明をBBCが記事化しており、前半部分についてはIFABの公式サイトに載っていることと同じ内容だが、後半には別のルール変更についての言及がある。
Handball rules among those changed by Ifab for next season
Another change to the laws of the game means that if the player’s arms extend beyond a “natural silhouette”, handball will be given, even if it is perceived as accidental.
もう一つの試合ルールの変更点は、プレーヤーの腕が ”自然なシルエット”を越えて伸びていた場合、それがたとえ偶然のように見えても、ハンドの反則が与えられる、と言うものである。
Elleray says this is an effort to put an end to defenders placing their arms behind their backs in fear of giving away a free-kick.
Ellerayは、これは守備者がフリーキックを取られることを恐れて腕を後ろに回すことを止めさせるための取り組みだと話している。
“We’ve changed it to say the body has a certain silhouette,”
”我々は、身体は特定のシルエットを持っている、と表現することにした。”
“If the arms are extended beyond that silhouette then the body is being made unnaturally bigger, with the purpose of it being a bigger barrier to the opponent or the ball.”
”腕がそのシルエットを越えて伸びている場合、身体を不自然に大きく見せている、相手やボールの障壁になることを目的としている、と言うことになる。”
“Players should be allowed to have their arms by their side because it’s their natural silhouette.”
”選手たちは腕を体の横に保つことを許されるべきだ。何故なら、それが彼らの自然なシルエットだからだ。”
この変更を鑑みると、選手は守備をする時に腕を後ろに回す必要は無く、横に下げておけば良い、ということになる。逆に、腕を広げたり、上に挙げたりしていた場合は、それが「意図的でなくとも」ハンドを取られる可能性がある。
また一方、アジアカップのカタール戦で吉田がハンドを取られた時のように、ヘディングの競り合いの中で広げた腕にボールが当たった時であったり、走っていて腕を振っている最中にボールが当たった時、それを「自然なシルエット」と捉えるかどうかは、今後も審判の裁定に委ねられるのかなと。
今回の判定基準の変更は、VARを大きく意識しているのではないだろうか。最初の変更点に関しては、攻撃側の手に当たってゴールに入ったら無条件でノーゴールになる、ということなので、VARで腕または手に当たったことが確認できれば良い。
また一方、守備側の手に当たって、PKかどうか、という判定になった場合は、ビデオで見た時に「不自然なシルエットになっているかどうか」を見れば良い。
VARは審判のジャッジを助けるための仕組みだが、ハンドの判定に関しては、ワールドカップやアジアカップを見る限り、弊害も感じていた。「意図的かどうか」を基準にした場合、現実的に対応不可能な速度で腕に当たったとしても、VARでスロー再生すると、意図的に見えてしまうのである。最初に書いたアジアカップのハンド判定も、VARが絡んだものは全てハンドと言う判定結果になっている。
そして、AFP通信の記事タイトルが大きな誤解を生んだことで分かる通り、観客の大半は、ルールを深く理解しようとはしない。彼らは普段の仕事で忙しく、我々と違ってサッカーの細かいルール定義などに興味はない。「手に当たればハンドなんでしょ」という認識の人が大多数なのだ。
ワールドカップやアジアカップなど、大きな大会になればなるほど、そうした観客や視聴者の割合は多くなる。そして、VARを使用すると、そうした観客・視聴者に向けて、選手の手にボールが当たったシーンが幾度となく映し出される。当然審判に対して、「ハンドでは?」という方向に圧力が掛かる。つまり、判定を正しい方向に導くためには観客の理解が必要になる。
具体的には、ハンドかどうか疑わしいシーンがあった場合、観客は下記に注目すべきである。
- 手にボールが当たった選手は手を大きく広げたり頭上に挙げたり「自然なシルエット」以外の場所に手を置いていたか(置いていればハンド)。
- 手にボールが当たった選手は攻撃側の選手か。攻撃側の選手の場合、手に当たった結果ゴールが生まれたか(生まれていればハンド)。
端的に言えば、上記どちらにも当てはまらない場合、たとえ手や腕にボールが当たっていたとしても、それはハンドではない。
サッカーにおいて、手でプレーしたボールが試合の結果を左右することほど興が冷めることはない。それは当然、手でゴールが決まった、という場合に対してもそうだが、普通に守備をしていたのに手にボールが当たっただけでPKを取られた、という場合も同様である。そして、VARが普及しつつある今、そうした判定を減らせるかどうかは観客側のルール理解にもかかっている。
「手を使ってはいけない」これはサッカーというスポーツのいわばアイデンティティなので、ハンドの基準についてはもっと理解が広まるべきだと考えている。通例として、IFABの決定がJリーグに反映されるのは6月から8月あたりになる。審判の判定にどのような変化が見られるのか、注目したい。