日本が得たもの、イランが失ったもの。AFCアジアカップ2019 イラン代表 VS 日本代表

日時 2019年1月28日(月)23:00※日本時間
試合会場 ハッザーア ビンザイード スタジアム
試合結果 0-3 日本代表勝利

AFCアジアカップ2019、準決勝まで勝ちあがった日本の相手は、FIFAランク29位のイラン代表。
前記事のプレビューで触れたとおり、この順位はアジアでは最高位。しかも、イランはロシアワールドカップの最終予選が始まって以降、公式戦ではワールドカップ出場が決まった後のシリア戦、ワールドカップ本戦のスペイン、ポルトガル戦、この3試合以外では失点を喫していない。本大会でも、イランはこの準決勝まで無失点で勝ち上がって来ており、これら試合前の状況は日本の苦戦を予想させるものだったが、試合が幕を開けると、日本が内容でも得点でもイランを圧倒し、3点差での快勝、と言う結果となった。

日本代表フォーメーション
15
大迫
8
原口
9
南野
21
堂安
7
柴崎
6
遠藤
5
長友
22
吉田
16
冨安
19
酒井
12
権田

この試合の日本は、臀部の怪我から復帰した大迫勇也を1トップに置く4-2-3-1。メンバーは準々決勝のベトナム戦から比べて、1トップの北川が大迫に変わったのみである。ただ、日本はグループリーグ初戦のトルクメニスタン戦は遠藤が発熱の影響でスタメンを回避しており、それ以降は大迫が怪我で離れていたので、この試合でようやく、スタメン級の選手全員に使える目処が立ったことになる。

イラン代表フォーメーション
20
アズムン
11
アミリ
18
ジャハンバフシュ
3
ハジサフィ
21
デヤガ
9
イブラヒミ
5
モハマディ
13
カナーニ
8
プーラリガンジ
23
レザイーアン
1
ベイランバンド

一方のイラン代表は、ロシア・プレミアリーグのルビン・カザンに所属するサルダル・アズムンを1トップに置く4-1-2-3。準々決勝の中国戦からの変更点は、累積により出場停止となった左ウィングのメフディ・タレミのところがバヒド・アミリに変わったのみである。率いるのはポルトガル人監督、カルロス・ケイロス。過去にはマンチェスターユナイテッドでのコーチ経験や、レアルマドリードでの監督経験があり、更にその前にはJリーグの名古屋グランパスでも指揮を執った経験のある人物である。

さて試合が始まると、イランの方はロングボールを多用する形で試合に入ってきた。典型的な形としては、CBやGKから前線の20番アズムンにロングボールを入れ、ボールが入る時には両ウィングのアミリとジャハンバフシュが中に入ってきてアズムンが裏に落とすボールを狙う、そして両IHのハジサフィとデヤガはセカンドボールを狙う、と言うアズムンを中心とした2-1-2の形。それ以外にも、左ウィングのアミリを酒井のところで競らせて落としをアズムンに狙わせる、と言う形などが見られた。また、守から攻への切り替えの直後も、右サイド低い位置で奪ったら左サイド高い位置へ、逆に左サイド低い位置で奪ったら右サイド高い位置へ、と言うサイドチェンジ気味のロングボールが何度か見られた。
日本の方は、アズムンへのボールについては冨安もしくは吉田が競り、競らなかったほうのCBとSBがカバーに入る、と言う教科書どおりの方法で対応。そしてサイドチェンジ気味のロングボールについては、この試合では基本的に、片方のSBが上がったらもう片方は下がる、と言う形でボールと逆サイドに穴を作らないようにしていた。

一方、日本の攻撃だが、この試合の狙いはイランの4-1-2-3のアンカー、9番イブラヒミの脇のスペース。イランの方は、自分たちの布陣でここを使われると危険、と言うのが分かっているので、ロシアワールドカップの時はここを使われないように守れていたのだが、この試合ではアンカーの周囲のスペースで大迫や南野がボールを受け、日本がチャンスを迎えるシーンが頻繁に見られた。
そうなった理由は大きく2つあって、まず1つ目としては、イランの陣形が間延びしていることが多い、と言う点。イランの方はロングボールを多用する分、どうしても最終ラインと前線の間が開く。そこで前がボールを収めてシュートで終ることができれば良いのだが、跳ね返されて日本ボールになると、どうしてもスペースが出来てしまう。また、通常の状態でも、イランの方はラインをコンパクトにする意識が乏しいように見えた。
前半7分にはイランのケイロス監督がピッチサイドから、両手で圧縮するようなジェスチャーをしながら、「コンパクト!コンパクト!」と指示する映像が写っていたが、その直後のイランのスローインの時点で既に間延びしていた。このスローインを日本が奪い返すと、イランの方は間延びしているため9番イブラヒミの周りにスペースがあり、ボールを受ける南野に対してイブラヒミが飛び出して対応せざるを得ず、ワンタッチで交わされてDFライン前で南野が前を向いた。これは3番ハジサフィが逆サイドから絞ってきて南野を潰したのでイランにとっては窮地とはならなかったが、ある意味この試合の典型的なシーンだった。
そしてもう一つの理由は、これはもっと根本的な話なのだが、ロシアワールドカップの時とこの試合とでは、イランの守備の基本戦術が変わっていた。
ワールドカップの時のイランは、4-4の2ラインでブロックを敷き、更に2ライン間にアンカーを入れて、ブロックの外では自由にボールを回させる、そのかわりブロックの中には人もボールも入れさせない、もし入ったらアンカーが体を張って潰す、と言う典型的な4-1-4-1のゾーンディフェンスで戦っていたのだが、この試合では、守備の時にはブロックを作るのではなく、人に付いていく形で守っていた。特に両ウィングの11番アミリ、18番ジャハンバフシュが日本の両SB、酒井と長友の上がりに対してそのまま付いて行くので後ろが4バック+両ウィングで6バックのような形になる、そしてIHのハジサフィとデヤガはスペースを埋めると言うより日本のボランチやCBへの守備に出て行くので、前は1トップ+IH2枚で3トップのようになる、結果、全体で見ると6-1-3のような形になり、アンカーの脇にスペースが出来る。マンツーマン的にはめ込むのであれば、ハリルホジッチ監督のときの日本がそうしていたように、もっと前から運動量豊富に守備をする必要があるのだが、1トップとIH2枚はボールホルダーの前に立つだけという感じなので、マンツー的な守備の良さも出ない、と言うことで完全に中途半端だった。

イランの方は、上述のような守備の基本構造に問題があり、間延びもしているので、なかなか意図した形で奪い返せず、反撃が尚更ロングボール一辺倒になる。また、イランはもう一つの攻撃の形としてロングスローを多用していて、11番のアミリ、3番のハジサフィがスローインで長いボールを入れるシーンも頻繁にあったが、イランはロングスローの時にスローワーも含めると8枚ぐらい前に上げるので、跳ね返されると逆にカウンターになるシーンが何度か見られた。

正直、この試合の展開としてはここまで書いてきたことが全てと言っても良く、イランがロングボールを使って攻撃、日本が空いたスペースを使って反撃、イランは間延びしているので意図した形で奪い返せない、奪い返せても陣形が乱れているのでスムーズに反撃に移れない、余計にロングボール以外の攻撃手段がなくなる、最初に戻る、と言う感じだった。
後半に入ってもそれは全く変わらず、開始直後のイランの攻撃はアズムンへのロングボール。守備の約束事も、間延びしていると言う状態も変わっていなかった。

そして後半10分、日本から見て中盤左、イランのパスがずれたところで柴崎がボールを回収し、イランのCBの前、アンカーの裏にポジションを取った大迫に楔のパスを送った。イランは大迫の対応にCB、8番のプーラリガンジが出たが、彼が当たる前に大迫がプーラリガンジが空けたスペースにボールを落とし、そこに背後から南野が走りこんだ。イランの方は逆側のCB、13番のカナーニがカバーに入って南野にチャージし、南野がペナルティエリア角あたりで倒されたのだが、イランの方はこれをダイブだとして審判に猛抗議。しかし、審判は笛を吹いておらず、ボールもラインを割っておらず、南野はすぐに立ち上がってボールを追いかけ、コーナーフラッグ付近でボールを回収。そしてゴール前には大迫が走りこんだ。イランの方は抗議している選手、それを見ている選手で合計7人ぐらいがプレーを止めていて、南野の動きに気づいて慌てて3人がゴール前に戻ったが、南野のクロスはこの3人の上を綺麗に越えて、大迫の頭上へ落ちてきた。イランはGKベイランバンドが必死に手を伸ばしたが及ばず、大迫のヘッドがイランのゴールネットを揺らした。

リードを奪われたイランは、後半12分に11番のアミリを下げて10番のアンサリファルドを投入。一方の日本は、後半14分に太腿を痛めた遠藤を下げて塩谷を投入。両者とも、前任者のいたポジションにそのまま入った。

そして後半17分、このシーンはイラン陣内でのイランボールのスローインからだったのだが、スローワーの23番レザイーアンがCBプーラリガンジに投げ、プーラリガンジがワンタッチでレザイーアンに戻したのだが、このボールが弾んでいたことでレザイーアンのコントロールが乱れて、そこに南野がプレスを掛けて、高い位置でボールを奪い返した。南野はペナルティエリア内に走りこんだ大迫にパス、大迫がカットインする振りをしてヒールで南野に落とし、南野はこのボールのコントロールにちょっと手間取りながらも中央に折り返そうとしたのだが、このボールが滑り込んだプーラリガンジの地面に付いた手に当たってPKの判定となった。
この判定は、この試合の基準に照らせば完全にPKだったと思う。手を付いたところに当たったとは言え、プーラリガンジは明らかに肘を張ってボールに当てに行っていたし、後半開始直後には逆に日本の酒井が、至近距離からの相手のクロスを避けようとした所、手に当たってしまい、これにイエローが出る、と言う厳しい判定を貰っていたので、ここでPKにならなければ完全に基準がおかしい判定になる。主審は一貫してPKを主張していて、念のためVARも確認したが、やはりPKと言う結論となった。これを大迫が蹴って決め、試合は日本の2点リードとなった。

2点のビハインドとなったイランは更にロングボールの頻度を強め、3トップ+IHのハジサフィも上げて4トップのようにしてボールを入れる。日本はそれに対してDFラインで跳ね返し、塩谷がセカンドを回収する。イランの方は、ロングボールを多用するせいで間延びしている、間延びしているのでなかなか奪い返せない、奪い返せないので陣形が崩れる、崩れると奪い返してもつなげない、そうなると前線が孤立していても蹴るしかない、と言うことで完全に悪循環に陥っていた。

ケイロス監督としては、2点のビハインドで手をこまねいているわけには行かないので、後半25分に2枚替え。21番デジャガと18番ジャハンバフシュを下げ、14番ゴッドスと16番トラビを投入、ゴッドスを左SH、トラビを右SH、前線がアズムンとアンサリファルドの2トップ、ボランチがイブラヒミとハジサフィの2ボランチ、と言う4-4-2に布陣を変更した。一方日本の方は、足を痛めた右SB酒井を下げて、室屋を投入した。

イラン代表フォーメーション(後半25分以降)
10
アンサリファルド
20
アズムン
14
ゴッドス
16
トラビ
3
ハジサフィ
9
イブラヒミ
5
モハマディ
13
カナーニ
8
プーラリガンジ
23
レザイーアン
1
ベイランバンド

イランの方は、4-4-2になったことで前のターゲットは増えたが、アンカーがいなくなったことで余計にライン間のスペースが出来てしまう。特に日本の方は、南野がそう言うスペースで受けるプレーが上手いので、南野がラインの間で受けてはたいてまた動く、と言う形でチャンスを演出するシーンが増えて行く。ただ、イランはそれでもやり続けるしかない、と言うことでとにかくロングボールを蹴る。自陣からのFKでもCBを前に上げてロングボール、と言う形で徹底していた。
そもそも日本の方は大迫、南野、堂安、原口といった前の選手が、いずれも前からプレスをかける時のデュエルに強いので、ライン間が広がってそれぞれの選手が孤立すると、イランの後ろの選手は独力で日本の選手のプレスを剥がせない。そうなると結局、蹴るしかない。しかし蹴ると跳ね返される、そして間延びしているのでカウンターを受ける、と言うことで、得点を取りに言っているはずのイランの方がピンチが多い、と言う状況だった。
もうこの段階で勝負は完全に決していて、日本は後半ロスタイムに原口がダメ押しの3点目を入れて、試合に華を添えた。
イランの方は試合の終盤はイライラを通り越して完全にキレていて、原口のゴールシーンのリプレーが終ったら何故か乱闘が始まっていた。荒れることを危惧した審判が、乱闘で止まっていた時間を無視して表示どおりのロスタイムでホイッスル。試合は日本の完勝で幕を閉じた。

さて、この試合が日本の快勝となった理由について。ざっくり言うと下記2点が要因になるのかなと。

  1. イランがゾーンではなく人に付く守備で試合に臨んできた。
  2. イランの攻撃にロングボール以外の選択肢がなかった。

まず1についてだが、日本的には、イランがワールドカップでポルトガルやスペインを相手にした時のように日本に臨んで来る、つまり、ゾーンディフェンスでブロックを作って、日本にはボールを持たせて、自分たちはカウンターを狙う、そう言う形で臨んで来るのが一番嫌だったはずで、実際、そういう戦い方をしていたイランにはポルトガルもスペインも相当手を焼いていた。しかしそうしなかったと言うことは、日本はスペインでもポルトガルでもない、対人では自分たちのほうが上回れるし、高い位置を取れる、と考えていたのかもしれない。
2についても、イランのほうは、日本はハイボールやロングボールに弱い、どんどん放り込めばそれだけチャンスが生まれる、そう考えていたのかもしれない。特に日本は決勝トーナメント初戦でサウジアラビアのロングボールにかなり苦しんでいたので、尚更そう言うイメージを持ったのかなと。ただサウジ戦は、戦評で書いたとおり、色々な要素が絡まってそうなっていたのだが。

つまるところイランは、「日本はデュエルに弱い」と言うイメージを持っていたのではないだろうか。
イランが日本と最後に戦ったのは2015年の10月。日本の方は前任のハリルホジッチ監督が就任してから半年ぐらい経ったころである。そこからずっと、日本は「デュエルに強くなる」と言うことを目指してやって来た。もし日本が、そこに向き合わずに、この大会までの年月を過ごしていたら、この試合はイランの目論見通りに進んだのではないだろうか。

日本はこの4年間で強くなった。一方のイランは、この半年でロシアワールドカップの時のハードワークと規律を失ってしまった。それが、この結果になった最大の理由ではないだろうか。

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