【プレビュー】AFCアジアカップ2019 イラン代表 VS 日本代表

2019年1月28日の月曜、日本代表はAFCアジアカップ2019の準決勝を迎える。相手はイラン代表。現時点で、アジア内ではFIFAランク最高位に位置する国である。今回は、この試合のプレビューを書いてみたい。

まず、イラン代表については昨年のロシアワールドカップの際に戦評を1つ書いた。
近代的中東戦法。2018FIFAワールドカップ モロッコ代表 VS イラン代表
イラン代表のメンバー、そして戦術は、この時とそれほど変わっていないので、彼らがどういうチームなのかは、この戦評を見れば大体把握できると思う。

イランの最大の特徴は、とにかく守備が固いこと。
2015年6月に始まった、ロシアワールドカップアジア2次予選の8試合、続く最終予選の10試合、そしてワールドカップ本選のグループリーグ3試合、この21試合の中で、彼らが複数失点を喫したのは最終予選のシリア戦のみ。しかも、この試合はワールドカップ出場を決めた後の試合である。ワールドカップ本戦でも、上述の初戦モロッコ戦は完封。続くスペイン戦、ポルトガル戦でも彼らが喫したのはそれぞれの試合で1点のみである。この堅守は今大会、アジアカップでも続いていて、グループリーグ3戦、決勝トーナメント2戦で、彼らは相手に1点たりとも許していない。2015年以降の公式戦で失点率を計算すると、上述の消化試合だったシリア戦を計算に入れても、彼らの1試合あたりの失点率は0.269。対アジアの試合に限れば0.217。2017/18シーズンのリーガエスパニョーラで最も少ない失点数だったアトレティコ・マドリードの失点率が0.611であることを考えると、彼らの残している数字が如何に驚異的かが分かる。
2011年4月に就任したポルトガル人監督カルロス・ケイロスが、7年8カ月の歳月を費やして組織したイラン代表は、こと守備に関しては、完全に脱アジアのレベルにあると言える。

一方で攻撃に関しては、あくまでもアジアの強豪国レベルで、そこから突き抜けてはいない。
布陣としては守備時の4-1-4-1の形から、攻撃時には4-1-2-3の形になるのが基本形で、準々決勝の中国戦は下記のような並びだった。

イラン代表フォーメーション(中国戦)
20
アズムン
17
タレミ
18
ジャハンバフシュ
3
ハジサフィ
21
デヤガ
9
イブラヒミ
5
モハマディ
13
カナーニ
8
プーラリガンジ
23
レザイーアン
1
ベイランバンド

上記の形から、攻撃の時には1トップのアズムンが引いてきてトップ下のようになり、両ウィングのタレミとジャハンバフシュが中に入ってきて2トップのようになる、という形や、左IH(インサイドハーフ)のハジサフィが左のワイドに出て行ってウィングのようになる、という形、そして右IHのデヤガが右SBの位置に引いてきて、SBのレザイーアンを高い位置に上げる、と言う形などが仕込まれている。
イランの選手たちは複数のポジションが出来るポリバレントな選手が多く、9番のイブラヒミはアンカーも出来るがIHも出来る、3番のハジサフィはIHも出来るが左SBも出来る、17番のタレミは左ウィングも出来るが右も出来る、そして、上記の試合では途中出場だった4番のチェシュミはCBもアンカーも出来る、と言うことで、これらの選手たちのポリバレント性はイランの交代采配であったり、試合の中でのポジションチェンジを容易にしている。
ただ、そうしたポリバレント性を駆使してポジションチェンジを繰り返しながら相手のゴールに迫る、と言う形をイランがこの大会で武器にしているか、と言うとそう言うことは無く、あくまでも味付け程度に留まっている。下記に示す、イランの今大会の得点内容を見ても、それは明らかである。

イエメン戦 5-0

得点者 得点内容
17.タレミ ロングシュートをGKがキャッチミスした所を押し込む
21.デヤガ FK直接
17.タレミ クロスからヘディング
20.アズムン CKの混戦から押し込む
14.ゴッドス サイドからのFKのこぼれ球をミドルで押し込む

ベトナム戦 2-0

得点者 得点内容
20.アズムン 14番が中央から外斜めに走ってクロス、20番がヘディングで決める
20.アズムン 右ウィング16番がSBに落とし、SBがIH21番に当てて、21番の内側を上がった16番がバイタルの20番に楔のパス、20番が相手を背負いながら受けて反転してシュート

イラク戦 0-0

無得点

オマーン戦 2-0

得点者 得点内容
18.ジャハンバフシュ DFライン裏へのロングボールを相手がクリアしようとした所を背後から奪ってゴール
21.デヤガ PK。クロスをPA内左で受けた17番が倒されたもの

中国戦 3-0

得点者 得点内容
17.タレミ クリアボールの処理に相手DFが手間取った所を20番が後ろから攫って逆サイドから上がってきた17番にパス
20.アズムン 相手DFライン裏へのロングボールが弾んだ所を相手DFと競り合いながらマイボールにしてシュート
10.アンサリファルド 相手DFがロングボールをトラップミスしたところを17番が引っ掛け、裏に走った10番にラストパス

上記を見れば分かる通り、今大会のイランの11得点のうち5点、イエメン戦の1点目、オマーン戦の2点目、そして中国戦の1~3点目は、全て相手のミスに乗じて、もしくは相手がミスを起こすように誘導して奪ったもの。つまり今大会のイランは、自分たちがポジションを崩してリスクを掛けて得点を奪いに行く、と言うよりも、相手のミスを見逃さない、もしくは相手にミスが起こりそうな場面でプレッシャーを掛けてミスを誘発する、と言うスタイルで得点を重ねてきたと言える。
そもそも今大会のイランは相手にリードを奪われたことが無いので、リスクのある手段をとる必要が無かった、とも言え、ビハインド時の手の内を見せることなくここまで勝ち上がってきた。この点はスカウティング上、イランの優位に働くと考えられる。
また、上記以外の6得点のうち、3得点はセットプレーから。1つは直接FKを決めたものだが、残り2つはセットプレーのこぼれ球を得点に繋げている。

さて、上記を踏まえた上での日本の試合への入り方について。
まずイランが今いるレベル、と言う点で考えると、個の力で見ても、組織的な成熟度で見ても、欧州中堅国ぐらいの位置にいる、と考えて良いと思う。欧州のワールドカップ予選やユーロ予選を2位通過して本大会に出てくる国、ぐらいのレベルで考えれば良いかなと。日本が最近戦ったチームで言うと、2018年3月に対戦したウクライナ代表がレベル的にもスタイル的にも近い気がする。今大会招集されている選手の中で、その試合に出ていたのは原口、柴崎、長友、槙野の4人。東口、大迫、遠藤もベンチにいたので、相手のレベルのイメージはしやすいかと思う。

いつか来た道。国際親善試合 日本代表 VS ウクライナ代表

ちなみに最新のFIFAランキングでも、イランは29位、ウクライナは28位である。

また上述のように、イランの方はポジションを崩す仕組みがあるので、日本はそれにマンツーマン気味に付いて行くか、付いて行かずにボールを中心にゾーンで守るかが最初の決めごとになる。現在の日本の方向性で言うと、恐らく後者になると考えられる。
攻守のバランスで言うと、攻撃的に戦うよりも、なるべくイランに攻めさせて、カウンターを狙う方が日本の得点のチャンスも生まれそうである。イランの方は攻撃時に3番のIHハジサフィが結構前やサイドに出て行くので、彼が出て行った後のアンカーの脇のスペースは一つの狙い処になりそうだが、イランは10番アンサリファルドも7番ショジャエイもIHは出来るし、中国戦ではアンカーに入っていた9番イブラヒミも途中からIHになったし、実質、IHは誰でも出来る、ぐらいの陣容なので、そもそもハジサフィが先発するかどうかも分からない。分かりやすい穴は無い、と考えるのが現実的である。上述の通り、イランの守備に関しては今大会に限ったフロックではないので、無理に点を奪いに行って先に失点すると相当厳しくなる。90分+延長の30分、合計120分間の中で1点取れればいい、ぐらいに考えた方が良い。
一方、イランのオフェンス陣については、もの凄くヘディングが強いとか、スピードがあるとか、技巧があるとか、そういう最後の違いを作る突出した個の力がある選手はいないので、引いて守れば日本の方も簡単には失点しないはずである。18番のジャハンバフシュは2017-18シーズンにエールディビジのAZで21ゴールを挙げて、アジア人としては初めてヨーロッパ主要リーグで得点王になった選手だが、今シーズンはプレミアリーグのブライトンに移籍して、今のところリーグ戦はゴール無し。今大会でも1ゴールなので、引いてブロックを作っても抑えられない、というレベルの選手では無い。

一番警戒すべきなのは、やはり日本が自陣ゴールに近い位置でミスをしてしまう、と言う状況。上述の通り、イランはそう言う状況を見逃さないし、そう言う状況が起こる方向に持って行くのが上手い。中国戦の1点目、相手DFからボールを奪ったのは20番のアズムンだが、相手選手が弾んだボールに気を取られて自分から目を切った瞬間、一気に距離を詰めてボールを攫った。後ろ向きになると必ずそう言うプレスを掛けてくるので、周りにいる選手も処理を任せずカバーに入ることが重要になる。
また、オマーン戦の戦評ベトナム戦の戦評で述べた通り、日本はDFラインとGKのバックパスの連携が悪く、その点はイラン側もスカウティングで把握していると思うので、そこでのミスにも気を付けたい。するつもりが無くてもするのがミスであり、こうすればミスを無くせる、と言う特効薬はないので、迷った時はセーフティに、ということを基本方針にするしかない。

また、セットプレーについてはセカンドボールの対応が重要になる。イランは中国戦のCKで、ニアに合わせてファーに擦らし、ファー側で押し込む形を何度か狙っていた。恐らくその逆、ファー側に蹴って中央に折り返し、という形もあるはず。
日本はCKをゾーン+マンツーマンで守っているが、上記のようなCKの時に、マンツーマン役の選手がファー側に逃げた相手選手を放してしまったり、ボールが自分の所に飛んでこなかった選手がボールウォッチャーになってマークを放してしまったり、と言う傾向があるので、イラン戦でマンツーマンで付く選手は、放したら絶対にやられる、ぐらいの気持ちで付いて行きたい。また、日本はペナルティアーク付近に2人、通常であれば長友と原口を立たせるが、ウルグアイ戦のように、長友の初期位置をペナルティスポットあたりにして、ボールがそこに飛んできた時はヘディング、それ以外の時はゴールカバー、と言うフリーマンのようにしても良いかもしれない。

あと、イランの3番のハジサフィにはロングスローがあるので、そこの対策もしておきたい。ロングスローからの相手のヘディングやこぼれ球への警戒、というのがまず1つ。そしてもう1つは、ロシアワールドカップでそうだったのだが、イランは時間を使いたい時に、ロングスローを狙いますよ、と言うことにしてスローワーが代わる、その後ロングスローをせずに普通に繋ぐ、と言う段取りで、普通であれば遅延を取られるような時間稼ぎをしてくるので、相手がそれをしてきた時には審判に抗議してカードが出るように仕向けることも必要である。

日本のキープレイヤーを挙げると、守備についてはGKからフィールドプレーヤーまで全員、と言うことになると思うのだが、攻撃については伊東純也を挙げたい。今大会、伊東は守備では穴を、攻撃では違いを見せながらここまでプレーしていて、前の試合、ベトナム戦で出番がなかったのは、その前、サウジアラビア戦で守備の危うさを見せたからだと考えているが、攻撃面ではこれまでどの試合でも違いを見せている。イランとの試合が90分で決着がつかず、延長戦になる、と言う可能性は高いので、そう言う展開で伊東のような切り札を用意出来るのは、日本にとって大きなアドバンテージである。

いずれにせよ言えるのは、今の日本にとって、アジア内で戦い得る最強の国がイランであり、そしてそれは、イランにとっても同様である、と言うこと。ただ恐らく、取って、取られて、と言う試合にはならない。お互い良さを消し合うような試合になるはず。表面上は固く堅実に、しかし裏では虚々実々の駆け引きが行われている、そう言う静かな熱戦になるのではないだろうか。