近代的中東戦法。2018FIFAワールドカップ モロッコ代表 VS イラン代表

日時 2018年6月15日(金)24:00※日本時間
試合会場 サンクトペテルブルクスタジアム
試合結果 0-1 イラン代表 勝利

「イランがどこまでやれるのか」。
個人的にそこに強い興味を持っていて、同日に行われる強豪国同士の対戦、ポルトガルとスペインの試合が表の注目試合だとすると、このモロッコ代表とイラン代表の試合は、「裏注目試合」として楽しみにしていた。
イランの特徴はなんと言っても守備。アジア最終予選での総失点数は僅かに2。その2失点も、ワールドカップ出場を決めた後のシリア戦で喫したものであり、2次予選、ホームで行ったトルクメニスタン戦の後半17分からこのシリア戦までの連続無失点期間は、ワールドカップ予選における世界新記録となっている。ポルトガル人監督カルロス・ケイロスが仕込んだイランの堅牢な守備が、脱アジアのレベルに対してどこまで通用するのか。
試合は期待通りの、白熱した好ゲームとなった。

イラン代表フォーメーション
20
アズムン
10
アンサリファルド
11
アミリ
7
ショジャエイ
18
ジャハンバフシュ
9
イブラヒミ
3
ハジサフィ
4
チェシュミ
8
ラリガンジ
23
レザイーアン
1
ベイランバンド

この試合のイラン代表のフォーメーションは、ロシア・プレミアリーグのルビン・カザンに所属するサルダル・アズムンを1トップに置く4-1-4-1。4-1-2-3とも表現できるが、イランは試合を通じて最終ラインと中盤のラインの間をコンパクトにして、その間を更にアンカーの選手が埋める、と言う戦い方をしていたため、4-1-4-1の方がより実際に近い。
左ウィングに入ったカリム・アンサリファルドは今シーズン、ギリシャ・スーパーリーグのオリンピアコスで17得点を挙げ、リーグ得点ランキング2位となった選手。そして右ウィングのアリレザ・ジャハンバフシュはオランダ・エールディビジのAZで21得点を挙げ、アジア人として初めての、欧州主要リーグ得点王となった選手である。

モロッコ代表フォーメーション
9
エルカービ
7
ツィエク
18
アリ
14
ブスファ
10
ベランダ
8
エルアフマディ
2
ハキミ
6
サイス
5
ベナティア
16
N・アムラバト
12
モハメディ

一方、この試合のイラン代表の対戦相手であるモロッコのフォーメーションは、アユブ・エル・カービ(モロッコのRSベルカンヌ所属)を1トップに置く4-1-2-3。
並びとしてはイランと似ているが、こちらはかなり攻撃的で、左SBのアクラフ・ハキミ(レアルマドリード)、そして右SBのノルディン・アムラバト(レガネス)はDFというよりも寧ろ、ウィングのような振る舞いだった。

試合の方は、殆どの時間を通じて、モロッコが両サイドのドリブル突破を中心とした攻撃で攻める、それに対してイランが4-1-4-1のゾーンディフェンスでモロッコの攻撃を一つ一つ潰し、カウンターを狙う、と言う展開だった。
攻撃の時のモロッコは4-1-2-3というよりも、アンカーのカリム・エル・アフマディ(フェイエノールト)とCBの2枚による3バックと言った方が良く、両SBはピッチのタッチラインいっぱいまで開かせて、そこからドリブル突破を中心としたサイド攻撃を仕掛けてくる。
それに対してイランは、モロッコのワイドな攻撃に対して広がりすぎない、自分たちは前後にも左右にもコンパクトにして守る、という守備で、そうなると当然、ハキミ、アムラバトと言ったモロッコのワイドの選手がフリーになりやすくなるのだが、イランの方は、空けているスペースにボールが出た後のリアクションが速くて強い。
例えば、前後左右にコンパクトにしている分、SBの背後にはスペースがあるのだが、そこにロングボールが出た時のSBのボールへの反応が速く、そのSBのアクションに追随して起こる周りの選手のポジションを取り直す動きも速い。ボールが中央からサイド、そしてサイドから逆サイドに振られた時の、守備のスライドも速い。そして、コンパクトに密集しているエリアから、空いているスペースにボールを容易に運ばれないよう、ボールとボールホルダーへの守備は、激しくて強い。また、ただ強いだけでなく、良く訓練されてもいて、上述の両ウィング、アンサリファルドとジャハンバフシュも、恐らく所属チームでは違いを作る側の選手だと思うのだが、守備をサボることなく、ボールが自分のサイドに来た時には、隣のIH(インサイドハーフ)のアミリ、ジョジャエイと言った選手と二人一組となって、ゴール前へのパスコース、そして縦のドリブルコースを消す、ゾーンディフェンスの教科書的な動きを精力的に行っていた。

そして、2列目と最終ラインの間に陣取るアンカーのオミド・イブラヒミ(エステグラルFC)は、まさに門番と言う感じで、ライン間に入ってきたボールや相手選手を、時には身体を投げ出すようにして潰す。この選手は本来のレギュラーであるサイード・エザトラヒ(アムカルペルミ)が、アジア最終予選の韓国戦でレッドカードを受け、予選最終戦とこの試合、2試合の出場停止となったことで出番が回ってきた選手だが、控えであることを感じさせないプレー振りだった。

更にイランの方は、ひたすら精力的やるだけだと疲れてしまうので、中東的なのらりくらり、というものも戦い方の中に織り交ぜていて、GKからのリスタートには必ず時間をかける。また、ロングスローを狙ったり、狙う素振りをしてショートで繋いだり、ということも何度もやっていたが、これも、本当にロングスローからの得点を狙っている、と言うよりは、ロングスローを狙っていますよ、と言うことにすれば、スローワーが交代したり、スローインに時間を掛けたりしても、審判に遅延を取られることがないのでそうしている、と言う感じだった。

後半から、モロッコの方は両ウィング、ハキム・ツィエク(アヤックス)とアミーヌ・アリ(シャルケ)のサイドを入れ替えてきて、ツィエクが右、アリが左となったが、やはりイランの守備を崩せず。
後半30分にはサイドから何度もドリブルでの仕掛けを行っていたノルディン・アムラバトがタッチライン付近で倒れこんだ時に脳震盪を起こしてしまい、弟のソフィアン・アムラバト(フェイエノールト)に交代。これで交代枠を1つ失ってしまい、後半32分には1トップのエルカービを下げてアジズ・ブハドゥズ(ザンクトパウリ)を、後半37分には左ウィングのアリを下げてマヌエル・ダコスタ(イスタンブールBB)を、それぞれポジションを入れ替えることなく投入したが、やはり試合を動かすことが出来ない。

イランの方は、後半23分に、既にイエローを受けていたジョジャエイを下げ、メフディ・タレミ(アル ガラファ)を投入。タレミを左のウィングに回し、アンサリファルドがジョジャエイのいた右IHのポジションへ。そして後半36分には、獅子奮迅の働きだったイブラヒミが脇腹を痛めて交代。エザトラヒがいない中、ここがゲームプラン的に一番山場のシーンだったと思うのだが、CBのチェシュミをアンカーに回し、交代で入ったマジド・ホセイニ(エステグラル)をCBに入れて乗り切った。そして交代枠の最後の一枠は、後半40分、サマン・ゴッドス(エステルスンドFK)の投入に使い、運動量が落ちてきた右ウィングのジャハンバフシュを交代。ゴッドスはジャハンバフシュのいた右ウィングではなく左ウィングに入り、タレミが右に回った。

イラン代表フォーメーション(後半40分時点)
20
アズムン
14
ゴッドス
11
アミリ
10
アンサリファルド
17
タレミ
4
チェシュミ
3
ハジサフィ
19
ホセイニ
8
ラリガンジ
23
レザイーアン
1
ベイランバンド

そして、0-0のまま迎えた後半ロスタイム。モロッコ陣内、イランから見て左サイドで得たFKで、ハジサフィがニアサイドに向けて鋭いボールを入れると、これをモロッコの選手がオウンゴール。ゴールに入れてしまったのは交代で入ったブハドゥズだったが、ボールが良かったということ、それによって後ろ向きの難しい対応になったということ、そしてブハドゥズの背後にはイランの選手が走りこんでいたことから起こったオウンゴールで、イランがもぎ取った、と言えるゴールだった。

両チームとも、この試合を終えた後はポルトガル、スペインとの対戦。つまり、この試合に負ければほぼ終戦、引き分けでも厳しい、というサバイバルだったわけだが、整備された守備戦術と意図的な時間稼ぎと言う、「近代的中東戦法」でイランが生き残った。複数の選手がポジションを入れ替えても破綻しなかった、と言うところからも、イランの選手たちの戦術遂行能力の高さが窺えた。
出来れば日本にも、こう言うしぶとい戦いをしてほしいなと。こう言うことを言うと、守備的なサッカーはライト層に受けないとか言い出す輩がいるのだが、5レーンとか、ハーフスペースとか、ポジショナルプレーとか、そういう理論を駆使したショートパスサッカーよりも、この日のイランのような身体を張った守備、身体を投げ出す守備、諦めない戦い方の方が、よっぽどライト層の胸を打つに決まっている。