サッカーにおける、ゾーンディフェンスとは何か。マンツーマンとの違いとは何か。

近年、日本サッカーを論じる場において、日本サッカーは欧州に比べて組織戦術が遅れている、という風に語られることが多い。そして、そのことが話される時、必ず出てくるのが、「日本人選手はゾーンディフェンスの基本が出来ていない」という話である。
そして、そういう話が例えば、とあるサイト上で記事になった場合、それに対して、そのサイトのコメント欄や、SNSなどで意見のやり取りが行われることが多いわけだが、そういう物を見ているといつも、意見を述べている人それぞれで、ゾーンディフェンスの定義にバラつきがあると感じる。そして、定義が共通化されていないと、議論も空しいものに終わってしまう。

そもそも「ゾーンで守る」というのはどういうことなのか。そして、「ゾーンで守る」という言葉の対義語として、「マンツーマンで守る」という言葉があるわけだが、両者はどう違うのか。言い方を変えると、何をもって「ゾーンで守っている」と定義し、何をもって「マンツーマンで守っている」と定義するのか。
この稿では、(受け入れられるかどうかは分からないが)このサイトなりの、両者の線引きという物を定義してみたい。

まず最初に、ゾーンディフェンスとはどのような守り方か、という点について。
良くある説明では、「各々が担当するエリアを決めて、マークを受け渡しながら守る」と書かれているが、個人的には、こうした説明が誤解を生む元になっていると感じる。
例えばJリーグでSB(サイドバック)の選手が相手SH(サイドハーフ)をマンツーマンで見ている場合でも、相手が逆サイドまで流れて行った場合はそちらサイドの味方選手にマークを受け渡すことが殆どである。そういう意味では、「ゾーンディフェンスの基本が出来ていない」と言われる日本人選手、そしてJリーグのチームにも、ゾーンで守るという概念はある。
つまり、「担当するエリアを決めてマークを受け渡す」ことをゾーンディフェンスの定義としてしまうと、Jリーグのチームは勿論、世界中のほぼ全てのチームがゾーンディフェンスで守っていることになってしまうのである。よって、「ゾーンで守る」ことと、「マンツーマンで守る」ことの区別は、別の定義で行う必要がある。

別の定義、というものを考えてみよう。
サッカーのピッチ上には、動いているものが2種類ある。1つはボール。残りは選手である。よって守備についても、この2つのどちらを抑えるか、という切り口で考えることが出来る。
一つ目の考え方として、「ボールが勝手にゴールに入ることは無い。だから相手選手を押さえておけばゴールを割られることは無い」という考え方がある。これはマンツーマンの考え方だと言える。
よって、ゾーンディフェンスの考え方は、もう一方、ボールを押さえておく方の考え方だと定義できる。つまり、「ボールがゴールに入らない限り得点を奪われることは無い。だからボールを押さえておけば失点することは無い」という考え方である。つまり、「ボールを中心として守る」ことが「ゾーンで守る」事だと定義できる。

では、「ボールを中心として守る」場合、どういう守備になるのか。
ボールを中心に守備を考える場合、「相手選手がどう動こうと、ボールがゴールに向かわなければ良い」わけであるから、一番警戒すべきなのは、ボールの位置とゴールの位置を結んだ直線上のエリア、ということになる。理想論としては、ボールが守備側から見て左サイドにある時は下図のAのエリア、中央にある時はBのエリア、右サイドにある時はCのエリアに守備者を集中させるべき、ということになる。
ゾーンディフェンスの理想論的なポジショニング
しかし実際にはボールは左右に動くので、それに対して守備側も動的に対応するためには、下図のように、ボールが守備側から見て左サイドにある時には左サイドの選手が出て、右サイドの選手はボールが自分のサイドに出た時の準備をする、右サイドにある時はその逆、中央にある時はその中間、という守り方をすることになる。
ゾーンディフェンスの実際のポジショニング

ただややこしいのは、マンツーマンで守る場合も、ボールに対して一番近い守備者が当たりに行って、その次にボールに近い選手が斜め後ろにカバーのポジションを取って、そしてボールから遠い所にいる選手はボールが移動した時に備えたポジションを取るので、結果的に、ゾーンで守る場合と似たようなポジショニングになる、という点である。
しかしそれでも、そのチームが基本的にゾーンで守っているのか、それともマンツーマンで守っているのかを分けるボーダーラインという物は確実にあって、そのボーダーラインというのは、ボールの動きを優先して守っているのか、相手選手の動きを優先して守っているのか、と言う点である。

例えば攻撃側が2ボランチ、守備側も2ボランチ、お互い相手のボランチを見ている、という状況だったとする。攻撃側のボランチがボールを持つと、守備側の方は、ボールを持ったボランチに近い側のボランチがボールに当たりに行って、遠い側のボランチはカバーのポジションを取る。これはゾーンで守る場合もマンツーマンで守る場合も変わらない。しかしこの時、攻撃側の、ボールを持っていない方のボランチがボールよりも後ろに下がると、ゾーンで守るチームとマンツーマンで守るチームとでは振る舞いが変わる。前者の場合、ボールが動いていなければ、守備側の、ボールから遠い方のボランチは動かない。ボールを主体として守っているからである。しかし、後者の場合はポジションを変える。人を主体として守っているからである。つまり、マンツーマンで守るチームは、ボールを持っていない選手の動きにも反応する。
マンツーマンの守備

一方で、サイドにボールがある時には、ゾーンで守るチームとマンツーマンで守るチームとではどう変わるのか。
例えば攻撃側のSBがボールを持っていて、前方にいるSHにパスを出したとする。守備側はSBが対応のためにサイドに出て、SHもボールのラインまで下がって数的優位を作ろうとする。これはゾーンで守る場合もマンツーマンで守る場合も変わらない。しかし、ゾーンで守るチームは、SBがサイドの開いた位置に出て行ってSBとCB(センターバック)の間にスペースが出来ると、そのスペースをボランチが下がって埋めようとする。そしてボランチが空けたスペースは、逆サイドのボランチが絞って埋めるか、トップの選手が下がって埋める(この辺はチームの約束事や、その時の局面によっても変わる)。
ボールの動きに合わせて味方の位置が変わり、スペースのあるエリアも変わったため、それに反応して各選手がポジションを取り直すわけである。つまり、ゾーンで守るチームは、ボールの動き、味方の動き、そしてスペースに反応する。
サイド攻撃を受けた時のゾーンディフェンス
一方、マンツーマンで守るチームの場合、そのスペースは放置することが多い。相手の動きを優先して守るからである。そのスペースにボールが出ても、「ボールが勝手にゴールに入ることは無い」ので、そのスペースに入ってくる相手選手がいなければ良い。そして、入ってくる選手がいたとしても、マンツーマンで守っている以上、その選手には味方が付いている筈なので、結果的にスペースは埋まる。それがマンツーマンの考え方である。

勿論、ゾーンで守るチームであっても、スペースに入ってくる相手選手がいなさそうな場合は、スペースを埋める動きをサボる選手もいる。逆にマンツーマンで守るチームであっても、先読みしてスペースを埋めておく選手もいる。しかし、そのチームがどちらを約束事の基本としているかは、試合中に何度もある上記のようなシチュエーションを見ていれば、自ずと分かる。

そしてその「約束事の基本」を把握することなく、チームの守備を評価することは不可能である。ゾーンで守っているのに相手選手について行かない選手がいることを批判しても無意味であるし、同様に、マンツーマンで守っているのにスペースを埋めていない選手がいることを批判しても無意味だからである。
よって、そのチームの守備を評価するためには、そのチームがゾーンで守っているのか、マンツーマンで守っているのか、ということを試合観戦の中で確認しておく必要があって、そのためにも、上述のようなシーンでチームがどのように守っているかに注目する必要がある。


上記をまとめると、このサイトでは、「ゾーンで守る」ということは「ボールを中心として守る」、つまり、ボールの動きと、味方の動き、それに伴って生まれるスペースに反応して守ることだと考えている。逆に、「マンツーマンで守る」ということは、「相手選手の動きを中心に守る」、つまり、ボールと関係のない選手の動きにも反応して守ることだと考えている。
このサイト上で、「このチームはゾーンで守っている」「マンツーマンで守っている」という言葉が出てきた場合、それらは全て、この基準に則っている。そして世間一般でも、この基準がゾーンディフェンスとマンツーマンディフェンスを区別する基準になるべきではないかと考えている。この稿で述べたとおり、「担当するエリアを決めてマークを受け渡す」ことをゾーンディフェンスの定義としてしまうと、世界中のほぼ全てのチームがゾーンディフェンスで守っていることになってしまうからである。

そして最後に、「日本人選手はゾーンディフェンスの基本が出来ていない」という意見についてだが、個人的にはその意見には安易に同意できないと言うか、たとえ出来ていないとしても、それを出来るようにすることは、それ程難しくない、少なくとも、マンツーマンで同レベルの守備強度を得るよりは容易ではないか、と考えている。
山口蛍は、「代表ではセレッソより約束事が多くて大変」だと言っていた。現在の代表はマンツーマンで守っていて、セレッソはゾーンで守っている。マンツーマンで守る場合、マークの受け渡しの約束事なども細かく決める必要があるため、ゾーンで守るよりも決めごとが多くなるし、その分判断も増える。それをまがりなりにも実践している選手たちが、よりシンプルなゾーンディフェンスを実践できないとは思えない。
問題があるとすればそれは、そのチームの守備を評価する側にあるのではないだろうか。そのチームがゾーンで守っているのか、マンツーマンで守っているのかを把握した上で、どこに問題があるのか、ということを評価する目が、観客側にも備わっていないと厳しい。マンツーマンはある意味、個人と個人の戦いが全てなので、評価は容易である。一方、ゾーンディフェンスは組織で守るため、約束事に対する一定の理解が見る側にもないと、評価自体が出来ない。
その評価の目を養う第一歩として、この稿のゾーンディフェンスとマンツーマンディフェンスの定義が役立てば幸いである。