サッカー版ストックホルム症候群。J1第13節 川崎フロンターレ VS 浦和レッズ(前半のみ)

日時 2017年7月5日(水)19:03
試合会場 等々力陸上競技場
試合結果 4-1 川崎勝利

浦和レッズが4バックで試合に臨んだ、ということで、物珍しさから試合を見てみた。後半はいつもの3バックに戻ったので、戦評は前半のみ。

浦和レッズ 前半フォーメーション
興梠 ラファエル
柏木
関根 駒井
阿部勇樹
宇賀神 槙野 遠藤 森脇
西川

浦和は確かに4バックだったが、中盤フラットな4-4-2ではなく、阿部勇樹をアンカーに置く、中盤ダイヤモンド型の4-1-3-2だった。3バックを基本とするチームが4バックにする場合、SBを誰にするのか、という点がまず勘案事項になるのだが、この日の浦和の左SBは宇賀神、右SBは森脇だった。宇賀神は浦和のWBの中では一番SB寄りの選手であるし、森脇はWBとサイドのCBどちらも出来る選手なので、選択としては穏当だったと思う。

川崎フロンターレ フォーメーション
阿部浩之
登里 中村 小林
ネット 大島
車屋 エドゥアルド 谷口 エウシーニョ
チョンソンリョン

対する川崎は、表記上は阿部浩之を1トップに置く4-2-3-1なのだが、これは殆どゼロトップに近く、阿部がサイドに出て小林悠が中に入ってきたり、中村憲剛がボランチの位置まで下りて行ったりと、ポジショニングも流動的である。
1トップの阿部浩之については、以前、「J1第12節 鹿島アントラーズ VS 川崎フロンターレ」の記事の中で少し触れた。その時はまだ川崎のサッカーにフィットしきれていなかったにも関わらず3得点全てに絡み、「フィットすればもっと活躍する」と書いたのだが、今まさにその状態にある。川崎は阿部浩之、中村憲剛、小林悠の3人が、いずれも、自分で点を取ることも出来、味方に取らせることも出来る、という選手なので、ここを乗せてしまうと手が付けられなくなる。浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督が普段とは異なるフォーメーションを採用したのも、それを恐れて、ということだったと思う。また、浦和は直近のリーグ戦3試合で全て複数失点しているので、攻撃力のある川崎に対して、何がしかの守備の対抗策を持った上で試合に臨みたかった、というのもあると思う。

試合後、浦和ペトロヴィッチ監督のコメント

川崎は阿部選手がワントップの形ですが、基本的にはゼロトップに近い形です。前線にいる選手、阿部選手、登里選手、小林選手と非常に動きのある選手に加えてトップ下に中村憲剛選手がいる。そういう中で我々の普段の3バックだと中村憲剛選手のところが捕まえにくい状況というものが生まれる。そういう中で今日の試合は比較的、登里選手と小林選手が内側にポジションをとるので、相手の阿部選手のところを遠藤とマキ(槙野智章)が見て、宇賀神選手と森脇選手がそれぞれ登里選手と小林選手を見る形に。そしてうちの阿部選手が中村憲剛選手に付くような形をとりました。

試合後のペトロヴィッチ監督のコメントを見ると、川崎の4-2-3-1の「3-1」の部分に対して、4-1-3-2の「4-1」をマッチアップさせたかったようである。つまり、1トップの阿部浩之に2CB(遠藤と槙野)を当てて、SHの登里、小林悠に両SB(宇賀神と森脇)を、トップ下の中村憲剛にアンカー(阿部勇樹)を当てる、ということである。

ただ、試合を見た後の結果論で言うと、この選択は浦和にとってデメリットしかもたらさなかった。寧ろ、マッチアップを合わせたことによって、川崎側を守りやすくさせてしまったように思う。
まず上述のように、川崎はポジションが流動的なので、たとえマッチアップを合わせても、そのポジションに相手選手がいることは少ない。例えば中村はボランチの位置ぐらいまで下りていくので、それにどこまでついていくか、というところまで詰めないと、結局は掴まえられない。
また一方で、川崎は守備時に誰がどこに戻るか、という約束事はしっかりしているチームなので、一旦守備がセットされてしまうと、寧ろ浦和側が掴まえられてしまう。普段の、3バックの浦和の場合はポゼッションの時にはボランチが下りて4枚になるのだが、この試合では2CBなので、ワンボランチの阿部勇樹が下りると3枚になる。それに対して川崎は阿部浩之と中村憲剛の2枚でその3枚を見て、浦和の両SBは川崎の両SHで見る形になる。
この形から、普段の浦和のやり方でボールを運ぼうとすると、数的有利になっているCBが開いてボールを運ぶ、ということになるのだが、それをしてしまうと、ボールを失った時にホームポジションにCBがいないことになるので、本来の目的である「マッチアップを合わせる」ということが出来なくなってしまう。

結局、前半の浦和はマッチアップを合わせたことにより、自分たちの一番の強みであるポゼッションを失ってしまった。そして、これが一番問題なのだが、マッチアップを合わせて、数的有利にしたはずの2CBのところからやられてしまった。
1点目は阿部浩之からの斜めのパスを小林悠が遠藤と槙野の間で受けたのだが、両CBの役割分担が曖昧で、パスをカットすることも出来ず、ボールとゴールの間に入ることも出来ず、そのまま入れ替わられてゴールを決められてしまった。このシーン、遠藤はパスカットするつもりでポジションを取っていたと思うのだが、パススピードが予想以上に速かった、ということと、小林悠が一旦裏で受ける動きを見せて、その後足元で受けて、最後は足元のボールを自分自身で裏に持ち出す、という動きをしたことで置いて行かれてしまい、結果的に何も抵抗が出来なかった。

試合後、小林悠選手のコメント

1点目は、アベちゃん(阿部浩之)が自分の動きのフェイントに騙されないように、パスを出してくれた。最後まで動きを見てくれている。足元にピタッと出してくれた。トラップでうまく間に入れたし、槙野選手の背中を取れていたので、槙野選手のほうにトラップできれば、抜け出せる。後ろに相手がいたが、トラップがよければ、完璧だと思っていたし、その通りにボールが来た。

そして2失点目も、槙野と遠藤の間に、今度は阿部浩之に受け手として走りこまれてしまい、そこに中村憲剛から絶妙のパスが出て失点。中村憲剛の直前まで後ろを向いていたにもかかわらず出てきた絶妙のパス、阿部浩之のシュートまでの速さ、いずれも素晴らしかったのは確かだが、1失点目と同じく、2CBのどちらがパスカットに出て行って、どちらがカバーに入るのか、という点が曖昧すぎた。

試合後、中村憲剛選手のコメント

2点目は、リョウタ(大島僚太)からもらってアベちゃんに出すとき、遠藤選手と槙野選手の間があった。ボールを止めたらオフサイドになると思ったので、ダイレクトで出した。あれは久々に自分でもしびれた。あの一本で仕事ができたと思ったぐらい。

結局、後半の浦和は普段の3バックに戻したのだが、前半の戦いではっきりしたのは、ここ最近の浦和が複数失点しているのは、3バックだからとか、4バックだからとか、マッチアップが合っている、合っていないとか、そういう数字上の問題ではない、ということである。
そもそも論として、浦和の、ペトロヴィッチ監督の3バックのコンセプトは、相手のマッチアップを外す、というところにあるわけで、そういうサッカーの代名詞、生き字引と言える監督が、マッチアップを合わせるサッカーを選択した、というところに、監督自身の信念の揺らぎを感じざるを得ない。

ペトロヴィッチ監督自身は、攻撃を機能させる方法論を持っている監督であり、時間さえあれば、4バックのサッカーで3バックと同等のサッカーを完成させる力は持っていると思うが、広島の時はスタイルを完成させるまでにJ2降格まで行った監督でもあるので、浦和としてはそれを待つ余裕はないと思う。また、ACLには勝ち残っているが、次の相手はこの日の対戦相手である川崎なので、今の監督のままでそちらを勝ち進む希望も薄い。
そうなると、浦和としては監督を代えるしかないのだが、今の浦和の特殊なサッカーを引き継いで機能させられる監督は、先日広島を辞任した森保監督以外には存在しない。広島を退任したばかりの森保監督が浦和のオファーを受ける可能性は低いので、結局は続投させるしかない。

つまり今の浦和は、(ペトロヴィッチ監督が意図したものではないにせよ)低迷の元凶になっている監督を、チームとして支えるしかない、という状況になっており、「サッカー版ストックホルム症候群」とも言える状況になっている。その負のスパイラルを抜け出せるかどうかは、最終的には選手個々の力に委ねられると思うのだが、どのような結末を迎えるだろうか。